9 疾病の予防
疾病は繁殖障害を始めとして乳房疾患、 代謝病、 第4胃変位、 肢蹄の疾患と、 多く発生がありました。 また皮膚疾患の発生もありました。
その対策は次のとおりで、 その一部について記載します。
1) 卵巣のう腫
卵巣のう腫は直径2.5cm以上の大きな卵胞 (正常な成熟卵胞はおおむね2.0cm以下) が、 排卵せずに10日以上にわたって卵巣に存在し続ける状態をいい、 乳牛の繁殖障害のうち最も多く発生するものです。
(1) 原 因
卵胞の発育、 成熟、 排卵は脳下垂体前葉でつくられる卵胞刺激ホルモン (FSH) と黄体形成ホルモン (LH) の働きによって起こりますが、 脳下垂体からFSHやLHを出させるのは大脳の視床下部というところから分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン (GnRH) です。 卵巣のう腫の直接的な原因は、 脳下垂体でつくられるLHの量が不足する場合とか、 LHが十分に生産されていてもGnRHが不足しているため、 下垂体からLHが分泌されない場合があるといわれています。
このような脳下垂体や視床下部のホルモンの不足がどうして起こるのかは、 まだ完全には明らかにされていませんが、 卵巣のう腫が肉牛よりも乳牛に多いことや、 乳牛でも泌乳量の多い牛によく発生し、 未経産牛には少ないことなどから、 泌乳や摂取飼料の過不足およびアンバランスが関係していることが考えられます。
なお飼料給与のほか、 卵巣のう腫にかかりやすい体質が遺伝する可能性があると指摘している研究者もいます。 |
(2) 症 状
- 発情の異常 卵巣のう腫牛の大半のものは長期間無発情となります (無発情型) が、 一部のものでは強烈な発情が4〜5日から1週間も連続したり、 断続的に現れたりします (思牡狂型)。 また発情が不規則に出現したり、 現れなくなったりするものもあります (中間型)。 思牡狂型ののう腫牛は放牧場などでは1日中採食せずに他牛に乗駕しようとして追い回し、 雄牛のようなうなり声をあげたり、 人に攻撃的になることがあり、 のう腫が長時間続いた慢性症では体型も雄牛様に変化し、 尾根部が挙上し、 いわゆる 「かも牛」 とか 「尾だか」 と呼ばれる状態になります。
- 陰部の変化 どの型のものでも陰部が腫れ気味で、 発情粘液よりもやや固めの粘液を出す傾向があります。
- 直腸検査所見 一側または両側の卵巣に1個または数個の大きな卵胞が触診され、 10日後に再診したときも排卵しないで大卵胞が存続しています。 ときには大卵胞と同側または他側の卵巣に大きな黄体ができていることがありますが、 このような例では排卵が起きていた証拠ですから、 発情周期が正常でやや大きめの卵巣が共存しているときには授精すれば受胎する可能性のある場合があります。
(3) 酪農家でできる応急手当て
- 早期発見 分娩後あまり日数のたっていない卵巣のう腫は治りやすいので、 異常と思われるふしがあったらなるべく早く獣医師に診てもらうべきです。 分娩後治療までの日数と治癒率の関係をみると、 120日以内は93%、 121〜181日は76%、 180日以上は48%です。 種付け後発情がずっとなくて受胎したと思われていた牛に卵巣のう腫が多発しますので、 種付け後60日前後に妊娠診断を受けるようにすれば卵巣のう腫の早期発見に役立ちます。
- 飼料給与上の注意 過肥ののう腫牛には粕類、 濃厚飼料の給与を中止または急減し、 泌乳量が多く、 痩せ気味の病牛では低タンパクで高熱量の濃厚飼料 (大麦など) に切り替えます。
また、 のう腫牛を放牧するときはマメ科率の低い草地を選ぶべきです。 草地酪農地帯でも夏季に牧草中のタンパク含量が多く熱量が不足するとのう腫になりやすいので、 放牧前に乾草を給与するなど熱量不足にならないよう注意しましょう。
(4) 獣医学的治療法
LH作用の強いホルモン剤やGnRH剤が主に用いられますが、 薬剤の選択や使用量などは専門的判断が必要なので、 獣医師に任せることです。
しかし、 飼料給与や管理上の改善を伴わないと治療効果が上がらないので、 それらについても獣医師とよく相談しましょう。 |
2) 胎盤停滞
胎児が娩出してから24時間以上たっても後産が排出しない場合を胎盤停滞 (後産停滞) といいます。 後産は普通3〜8時間以内に排出されるもので、 12時間たっても落ちない場合は停滞すると考えてよいでしょう。 |
(1) 原 因
- 牛では全分娩の10%前後に胎盤停滞が発生しています。 牛の胎盤の構造が複雑なことが原因の1つになっています。
- 妊娠7ヶ月を過ぎてからの流産や、 分娩予定日の7日以上前の早産では胎盤停滞が高率に発生します。 その理由は、 このような時期には母体側の胎盤と胎児側の胎盤がはがれる準備がまだできていないためと考えられています。
- 双児や3つ児などの多胎分娩、 過大児分娩、 難産、 胎膜水腫、 帝王切開、 切胎術の後にも多く発生します。 これは異常分娩の後では子宮の収縮力が減退しているためです。
- 運動不足やある種の栄養素 (ビタミンA、 セレニウムなど) の欠乏も原因となるといわれています。
- 1つの牧場である系統の牛に多発し、 別の系統の牛には少ないことや、 同じ牛が連続して停滞することがあるので、 停滞を起こしやすい体質の遺伝も考えられます。
(2) 症 状
- 後産の大部分が陰部から下垂しているもの、 大部分が子宮内にあって一部のみ下垂しているものなど、 停滞の程度はさまざまです。
- 停滞して2日目ころになると、 後産が腐敗して特有の悪臭を放つようになります。
- 牛によっては発熱したり、 食欲が減退し、 乳量が減少することがあります。 しかし、 ほとんど全身症状を出さない牛も少なくありません。
(3) 酪農家でできる応急手当て
- 垂れ下がっている後産におもりをつけたり、 無理に引っ張ると途中で切れたり、 子宮脱の原因となることがあります。
- 垂れ下がった後産を陰部の近くで切ってしまうと、 後産が子宮内に戻って、 頚管が早く閉まり、 後で獣医師が往診したときに子宮内に手が入らなくなります。
- 後産が床に着くくらいまで垂れ下がっている場合には、 短く縛っておくか、 飛節の付近で切り取るとよいでしょう。
- 停滞牛が発熱したり、 食欲不振を示す場合はすぐに治療が必要です。 放置すると、 産褥熱や産後子宮炎などの合併症を起こす心配があります。
- 全身症状に変化がみられない場合でも、 3月目か4日目には後産を除去するか、 除去せずに抗生物質を子宮内に挿入するか、 とにかく治療する方があとの受胎を早める道です。
(4) 獣医学的治療法
- 用手除去法=陰部と術者の手腕を十分に消毒し、 手を子宮内に入れて母胎盤から胎膜をはがす方法です。 胎児娩出後48時間以内は胎膜がはがれにくいので、 3〜4日目に行うのが普通です。 胎膜が容易にはがれるときにのみ行うべきで、 決して無理にはがしてはいけません。 無理にはがすと、 子宮に傷がついたり、 胎膜の一部が母胎盤のなかに残るので子宮炎の原因になります。 除去した胎盤を床に広げ、 ホースで水を注入してみると、 完全に取れているときは両端が袋状に膨れるはずです。 除去したあと子宮内に抗生物質の坐薬を入れて細菌感染を防止します。
- 用手除去せずに抗生物質を子宮内に投入する方法=簡単に後産が取れないときにはこの方法によるべきです。 この方法では平均5日後くらいに後産が自然に排出されるので、 その時点でもう一度子宮内に抗生物質を入れておきます。 あとの受胎成績がよいので、 最近この方法を採用する獣医師が多くなりました。
- 発熱や食欲減退を示す牛には、 全身的にも抗生物質などを注射します。
- どの治療を行った場合でも、 停滞牛は分娩後1ヶ月前後のころに子宮の回復状態を検査し、 必要があればその時点で治療してもらいます。
3) 流産と死産
分娩予定日よりも前に胎児が排出されるものを流産、 分娩期になって死胎児が娩出されるものを死産といいます。 |
(1) 原 因
- 感染性流産 細菌やウイルスの感染によって起こるもので、 特に伝播力の強い場合、 伝染性流産といいます。 牛の代表的な伝染性流産はトリコモナス病 (原虫) とブルセラ病 (細菌) ですが、 わが国では人工授精の普及と徹底した防疫努力によって、 前者は昭和38年以降姿を消し、 後者もごく限られた地域に少数の発生があるに過ぎません。 数年前にアカバネウイルスによる異常産 (流産、 早産、 ミイラ変性、 奇形子牛の娩出) が関東以南の各地に大発生をみたことは、 まだ記憶に生々しいところです。 また、 牛伝染性鼻気管炎 (IBR) ウイルスは育成牧場などで若牛に呼吸器病を多発させますが、 流産を起こすこともあります。 ビブリオ病 (細菌) も散発的に流産を起こしますが、 流産よりもむしろ原因不明の不受胎の原因として重要です。
感染性流産には上記のほか、 ブドウ球菌、 レンサ球菌、 大腸菌など乳房炎の原因にもなる常在菌といわれる細菌によって起きるものもあります。 又、 コウジカビやケカビなどによって起きる糸状菌性流産もときどき発生します。
- 非感染性流産 感染性のものよりもはるかに多く発生する重要なものです。 なかでも飼養管理上の不注意による流産が最大の原因になっています。 妊娠牛の腹部の圧迫、 打ぼく、 転倒、 角突きなどは胎盤の剥離を起こし、 気候の急変による寒暑の感作や、 驚かせたり興奮させると反射的に子宮の収縮を起こして流産します。
飼料では発酵しやすいもの、 カビの生えたもの、 凍結したものを多量に摂取した場合に鼓脹症や下痢を起こし、 その結果流産を誘発しやすく、 また、 硝酸塩中毒などによる流産も報告されています。
母体の異常、 例えば重い全身性疾患、 栄養不良、 高熱性疾患、 ビタミンやミネラルの欠乏などの際にも流産が起こることが知られています。 一方、 胎児の奇形、 多胎、 臍帯ねん転なども流産の原因となります。
妊娠のたびにほぼ一定の月数になると流産するものを習慣性流産といい、 この原因としては母体の妊娠黄体からの黄体ホルモンの分泌不足が疑われます。 このホルモンは子宮の収縮運動を抑制し、 妊娠を維持するのに必須の物質だからです。
(2) 症 状
妊娠前半期の流産は、 ほとんど何の前ぶれもなく突然に起こります。 後半期には流産の起こる数日前から陰部からのオリモノや乳房の腫脹などを認めることがあります。
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(3) 酪農家でできる応急手当てと予防
- 流産の徴候が認められてからでは既に手遅れで、 流産を阻止する方法はありません。
- 従って酪農家としては、 妊娠牛の日常の飼養管理に細心の注意を払い、 流産の予防に心掛けることが大切です。
- 伝染性流産の疑いのある場合には、 流産後の母牛の食欲や体温などに気をつけると同時に、 流産胎児と後産を獣医師に調べてもらう習慣をつけましょう。 また、 これらの処分 (焼却や埋没) や牛舎の消毒などについても獣医師の指示通り実行してください。 これらのことは他の妊娠牛に伝播するのを防止する上で極めて重要なことです。
(4) 獣医学的治療法
- 流産や死産した母牛の体調に異常があるときには、 抗生物質の注射やその他の必要な治療を行います。
- 伝染性流産が疑われる例では、 胎児と後産の細菌学的、 ウイルス学的検査を行うほか、 必要に応じて母牛の血清や膣粘液なども検査して流産原因を確定します。
- 習慣性流産では流産危険期の約1ヶ月前から持続性黄体ホルモン剤を1〜2週間ごとに数回注射することにより、 流産を予防できることがあります。
4) 子宮内膜炎と子宮蓄膿症
子宮の粘膜が細菌の感染を受けて炎症を起こしたものが子宮内膜炎で、 子宮内に炎症産物の膿汁が多量に貯留したものが子宮蓄膿症です。 |
(1) 原 因
- 子宮内膜炎と子宮蓄膿症を起こす主な細菌は、 レンサ球菌、 ブドウ球菌、 化膿桿菌、 大腸菌などで、 これらは乳房炎の原因菌でもあります。
- 細菌が侵入しやすい時期は、 分娩中と産後の産褥期間中です。 人工授精時における器具の消毒不完全や不潔な注入操作も細菌の子宮内侵入の原因となります。
- 少数の細菌が子宮に入ったからといって常に発病するとは限りません。 子宮粘膜の抵抗性が弱ったとか、 ホルモンの状態などによって細菌の増殖が起こり発病するといわれています。
(2) 症 状
- 急性化膿性子宮内膜炎 膿汁様の汚いオリモノが陰部から排出されるので発見されやすいものです。 後産の一部が残ったときとか、 難産、 死産、 双児分娩の後では子宮の収縮が悪いため、 オロの排出が不十分で、 産後の子宮の回復が遅れ,細菌が繁殖しやすくなるのです。 膿様物が子宮内に貯留すると子宮蓄膿症になります。
- カタル性子宮内膜炎 慢性型のものが多く、 白濁した粘液が少量排出されます。 膣検査で外子宮口が充血していたり、 直腸検査で子宮壁が肥厚を示すこともあります。 数回の人工授精を行っても受胎しない牛にみられます。 卵巣のう腫が合併していることもあります。
- 潜在性子宮内膜炎 外見上ほとんど異常がないのに受胎しにくい牛に多くみられるもので、 発情時の粘液がわずかに濁っていたり、 小さな膿片が混在しているときにこれが疑われます。 子宮の感染は軽度ですが、 受精卵や胎芽の死亡を生じる原因となりがちです。
(3) 酪農家でできる応急手当て
- 早期発見 分娩後2週間以上たつのにオリモノが多かったり、 粘液がきれいにならない牛や、 発情期でないのに粘液を出している牛は、 子宮内膜炎にかかっていることが多いので獣医師に早めに診てもらうべきです。 また、 発情時の粘液は必ず指の間で広げて光線にかざしてみる習慣をつけましょう。
- 予防 助産や後産を取り除くときには、 産道に手を入れる前に肛門や陰部の周囲をお湯と石けんでよく洗い、 助産者の手や腕も石けんとブラシできれいに洗ってから消毒液にひたすか消毒済みのビニール手袋をつけるようにします。
分娩後少なくとも4〜5日間は清潔な寝ワラの上に寝起きさせることが大切です。 あらかじめ消毒済みの分娩室でお産させることができるならば理想的です。
授精前もお産のときと同様に、 尾根部、 肛門、 陰部の周辺をお湯と石けんで十分に洗った上、 清潔な乾いたタオルで拭き取り、 尾は綱をつけて背に回し首に縛っておくと、 衛生的な精液注入ができます。
結局、 子宮内膜炎の原因をつくるのは不潔なお産の取り扱い、 産後の管理、 および非衛生的種付け操作にあることを理解して、 これらのことに細心の注意を払うことが大切です。
(4) 獣医学的治療法
- 子宮洗浄 化膿性のものはもちろん、 分泌物の多いカタル性の内膜炎では、 大量の洗浄液 (普通は0.85%の食塩水) で子宮内の不潔貯留物を洗い流し、 洗浄排液がきれいになってから抗生物質などの薬液を子宮内に注入します。
- 潜在性子宮内膜炎のような軽いものでは、 子宮洗浄せずに薬液を注入する方法が行われています。 子宮内注入薬としては、 数種類の抗生物質やサルファ剤を混合したものが市販されていますが、 牛乳中に薬物が移行する場合もあるので、 獣医師の指示を守ってください。 有機ヨードは乳中移行の心配はありません。
- 子宮蓄膿症では、 卵胞ホルモン剤やプロスタグランジン製剤の注射を行うこともあります。
5) 起立不能症
本症は、(1)分娩直後から72時間以内(まれには分娩前)に起立不能に陥り、(2)詳細な臨床学的検査や臨床病理学的検査 (血液、 血清および尿の検査) を行っても特別な臓器や部位に異常が認められず、 かつ(3)カルシウム剤(25%ボログルコン酸カルシウム液) を6〜12時間の間隔で2回静脈注射しても起立しない場合に用いられている呼称であり、 通常ダウナーと呼ばれている病牛を指しています。
従って、 明らかな乳熱の症状を示すものや低カルシウム血症牛は除外されます。 |
(1) 原 因
本症の原因はまだ明らかではありません。 しかし、 従来からいくつかの原因が推定されています。 すなわち、 分娩の際に起きた骨盤周辺の筋肉や神経の損傷、 過大な胎児ならびに粗暴な助産、 分娩後の起立や歩行の際の床上の滑走、 四肢の筋肉や神経の損傷などです。 また、 原因はともかく起立不能状態に陥り、 4〜6時間以上もその状態が持続すると、 体重の圧迫によるうっ血壊死が臀部や四肢の所々の筋肉や神経に起こり、 特に泌乳能力の高い大型の牛ではその度合いも厳しいのです。
府県の粕酪農地帯に発生する急性の死亡率の高い起立不能症状を示す疾患は、 分娩のストレスと第一胃内の異常発酵産物の吸収とが合併して起こる一種の自家中毒症と考えられます。 過度の肥満は本症を誘発する大きな要因であり、 乾乳期における高エネルギー飼料の給与のため、 肝臓の脂肪変性と腎臓などの実質臓器への脂肪沈着による機能障害が注目されています。 |
(2) 症 状
乳熱のように体温の異常低下 (37.5℃以下) は認められず、 体温はおおむね正常ないしやや高めであること、 頭頚部の湾曲がみられないこと、 瞳孔反射および意識が正常であること、 前躯はほとんど正常で、 後躯の筋肉と腹筋の弛緩・脱力が著しいこと、 球節部がナックル状に湾曲し、 これは特に起立しようとするときに明りょうに現れること、 乳熱罹患牛で高い効果のあるカルシウム剤の注射治療を行っても反応せず、 起立不能の状態が継続すること、 血液中の無機リンがほとんどの例で著しく低下していること、 および血清と筋肉中のカリウム量の低いものが多いことなどが、 本症の特徴所見とみなされています。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
起立不能牛が発生した場合には、 病気が何であれ、 敷きワラを十分に敷いた広い場所に収容し、 病牛が自由に体を動かすことができるようにしてやります。 そして少なくとも6時間ごとに体位を変えて反転させ、 下になっていた部位をそのつど十分にマッサージして、 床ずれと血行障害の防止に努めます。 また、 1日1回は自力で起立可能かどうかを激励して確かめます。 どうにか起立できそうであれば吊起帯を用いて起立させますが、 この場合、 決して無理をしてはいけません。 7日以上起立不能のもの、 および赤色尿 (ミオグロビン尿) を出すものは、 予後が非常に悪いので廃用も検討すべきです。
本症は発症してからではなかなか治癒が困難なので、 予防に心掛けるべきでしょう。 予防には日ごろからできるだけ日光浴と運動をさせること、 過肥にならないような飼養管理を行うこと、 分娩前20日間はカルシウム含量の低い飼料を給与すること、 分娩前2〜8日前にビタミンD3剤を1,000万単位筋肉注射してもらうこと、 乱暴で無理な助産を避けること、 分娩直後にリン酸カルシウム200gを経口投与すること、 プロビレングリコール100gを毎日2回20日間内服させること、 毎日十分な水分を与え、 過剰な搾乳はしないこと、 濃厚飼料を多給しないこと−などがその中心となります。 |
(4) 獣医学的治療法
発症当初にカルシウム剤を2回注射しても起立しない本症罹患牛に対しては、 直ちにリン剤の静脈注射 (ネオニューリン−フジタ300〜500ml) を行うとともに、 塩化カリを1回60mlずつ6時間ごとに4回経口投与します。 また、 20%ブドウ糖液1,000mlに15%塩化カリ液100mlをよく混合して注射してもよいといわれています。 |
6) 乳頭損傷
(1) 原 因
起立時に蹄で踏んだり、 牛舎の出入りのとき尿溝や通路上で滑って体で乳頭をつぶすことが主な原因です。 また、 有刺鉄線が雪に押されてゆるんでいて、 春先き補修が終わらないうちに牛を放したときに、 この上を歩き回り、 乳頭にけがをすることがときどき見られます。 |
(2) 症 状
外傷が浅くて乳頭の皮膚にだけ限られるものから、 粘膜まで達する深いものまであります。 後者の場合には乳汁が傷口から湧き出てきます。
外傷により乳頭の一部が切り落とされることもあり、 また乳頭が根元から切断されていることもあります。
同一の牛が同じところを二度、 三度と踏みつけるため、 乳頭になま傷が絶えないこともあります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
獣医師に傷の縫合をしてもらうときには次のことを守ってください。 寝ワラなどを取り替えて牛床を清潔にすること。 傷口に興味を持ち手で触って調べないこと。
傷が皮膚の部分に限局していれば、 清潔なタオルでふいて、 外傷薬をつけておくだけでも治ることがあります。
傷の縫合をしてもらわないのであれば、 ハサミで乳頭を切り落としておくのも一つの方法です。 乳頭が切断されていない限り、 手術により傷は治りますから、 できるだけ早く治療を依頼してください。 |
(4) 獣医学的治療法
- 手術適否の判定 受傷部分が比較的清潔に保たれていれば、 受傷後24時間までは手術による癒合が可能です。
汚染がひどかったり、 組織の損傷が重いときには2〜3週間待ち、 炎症が消えてから手術を行います。
同じ乳頭を何度も踏まれると縫合による癒合は難しいので、 乳頭を基部から切断し、 乳槽を閉鎖します。 閉鎖による障害はありません。
- 手術用器具器材の滅菌 これらは厳格に実施します。
- 牛の性質や畜舎環境に適した保定 横臥保定で前肢と後肢をそれぞれ縛るのが最も安全で手術が容易です。
- 傷口の洗浄 受傷部分の周囲を上質の化粧石けんと煮沸ブラシで洗浄し、 次いで多量の滅菌生理食塩液で洗浄します。
- 麻酔3%キシロカイン注射薬を損傷部周囲の皮下、 または乳頭基部の皮下に輪状に浸潤麻酔を行います。
- 異物などの除去 十分な量の滅菌生理食塩液で洗浄しながら、 メスまたはハサミで変性組織や異物を除去します。 古い傷では多少の出血がみられるまで瘢痕部分を除去します。
- 止血 滅菌ガーゼで10分間圧定するか、 または前もって乳頭基部に腸鉗子をかけておきます。
- 縫合方法 金属導乳管 (中) を挿入し、 糸付きエルプ縫合針で粘膜縫合を行います。 粘膜は結節縫合しますが、 その間隔は、 縫合終了後乳頭管口を左手でふさぎ、 右手でやや強い搾乳操作を行っても創口から乳汁が漏れない程度とします。 次に筋層の水平臥褥縫合を行います。 組織の間に隙間ができない程度に縫合糸を締めます。 次いで皮膚の結節縫合を行います。 この皮膚縫合糸を強く締め過ぎると血行が障害されて、 癒合が妨げられ、 かつ感染がひどくなります。
ゴム導乳管を使用する場合には、 少なくとも96時間は乳汁を滴下させるようにします。 スプレー式包帯 (ノベクタン−武田) を連日噴霧し、 7〜8日目に抜糸します。 抜糸が10日以後になると糸穴から感染が起きます。
7) 乳房浮腫
(1) 原 因
牛乳をつくるために多量の血液が急激に乳腺に流入します。 そのため、 乳房内の血圧が上昇します。 しかし、 静脈およびリンパ系がこれに対応した調整ができないため、 血管から漏出した液体成分が大量に皮下に蓄積して乳房に浮腫 (むくみ) をつくります。
重傷例の乳房中隔水腫型では、 浮腫のため乳房の重量が増大し、 乳房を保持している正中提靱帯が伸びて、 腫脹した乳房が下垂するものと考えられています。 |
(2) 症 状
通常は高泌乳牛に発生しており分娩1ヶ月前から分娩間近までの間に急に発症することが多いようです。 乳房浮腫が異常に大きく長期間にわたると起立困難となり、 乳頭や乳房が損傷を受けやすくなるため、 乳房炎をひき起こすことがあります。 乳頭のつけ根や乳槽の周囲から乳房全体に浮腫が広がり、 皮膚は緊張して光沢を帯び、 乳房を押すとへこんだままの状態になります。 乳頭は太く短くなります。
これとは別に乳房の中隔に浮腫ができる場合があります。 分娩前から食欲不振を示すことが多く、 分娩後7日くらいまでの間に乳房は膨隆し、 急激に下垂します。 中隔に漿液がたまる場合は1リットルから多い場合は35リットルに及ぶことがあります。 乳房炎を併発すると病気が著しく悪化します。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
分娩数日後から運動させるとよいようです。 乳房の血液循環をよくするため温湯を用い、 乳房をていねいにマッサージしてひんぱんに搾乳してください。 1日5〜10回くらい行ってください。 しかし、 管理法の変更で確実に乳房浮腫を予防・治療することはできません。 |
(4) 獣医学的治療法
最も有効な治療法は利尿剤の応用です。 本剤の投与時期が乳房浮腫の消失効果に大きく影響するので、 分娩後48時間以内に、 できるだけ分娩後早期に投与を開始すべきです。 クロロサイアザイド、 ハイドロクロロサイアザイドまたはブロセミドを投与します。
利尿剤の初回の投与時のみ副腎皮質ホルモンを併用すると浮腫の消失が極めて促進されます。 利尿剤を投与すると体水分を失うので、 脱水症状の発現に注意してください。
また、 中隔水腫の場合は、 中隔にある病巣の穿刺または切開を実施し漿液や膿汁を排出します。 ただし、 治癒率はあまり高くありませんが、 これ以外に方法はありません。 |
8) 壊疽性乳房炎
分娩後数日以内に発生し、 乳房組織が広く壊疽 (えそ) に陥り、 敗血症による重い全身症状を伴う死亡率の高い乳房炎です。 |
(1) 原 因
- 感染原因菌 主として大腸菌群と呼ばれる糞便中などに常在する細菌類の感染によるのですが、 黄色ブドウ球菌、 嫌気性菌、 化膿桿菌などによっても起こることがあります。
- 感染経路 乳頭口または乳頭や乳房の外傷から細菌が侵入する場合が多いのですが、 ときには腸炎、 腹膜炎、 創傷性胃炎や産褥熱などの際に細菌が血行によって乳房に運ばれて増殖し、 発病することもあります。
- 感染促進要因 被毛が少なく、 血液供給量の多い高泌乳牛の乳房、 著しく下垂した乳房や産後に浮腫 (むくみ) の強い乳房は本症にかかりやすい傾向がみられます。
(2) 症 状
- 全身症状 極めて急性のものでは次のような明りょうな全身症状が現れます。 これらの症状は敗血症と細菌の毒素の作用によって起こるものです。
(イ) | 突然の食欲不振または全廃。 |
(ロ) | 41℃以上の体温上昇。 |
(ハ) | 疼痛のため背湾姿勢を示したり起立困難となる。 |
(ニ) | 呼吸速迫と脈数増加。 |
(ホ) | 全身の毛が逆立つ。 |
(ヘ) | 筋肉のふるえ。 |
(ト) | 反すう停止。 |
(チ) | 下痢と脱水症状。 |
(リ) | 眼の血管の不潔充血。 |
- 乳房の症状
(イ) | 乳房全体の腫れ、 下腹部や後肢まで腫れることがあります。 |
(ロ) | 乳房皮膚に紫赤色または蒼白色の円形変色部が現れ、 急速に拡大します。 |
(ハ) | 病変部には冷感、 他の部位には発赤と熱感。 嫌気性菌による場合には乳房皮下に気腫があり、 搾乳するとガスを放出。 |
(ニ) | 感染分房の疼痛が強い。 |
(ホ) | 乳房皮膚が破れて排膿し、 組織が壊疽に陥り、 脱落することがあります。 |
(ヘ) | 乳量が激減し、 乳汁は初期には水様、 後には血様または膿様となり、 腐敗臭が強いことがあります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
- 治療は一刻を争うので、 できるだけ早く獣医師の往診を依頼します。
- ビニールホースにたくさん穴をあけたものを乳房に巻きつけ、 水道につないで潅水し、 乳房を冷却します。 これは消炎剤を塗るよりも効果があります。
- 寝ワラを豊富に入れ、 ときどき寝返りさせて床ずれを予防します。
(4) 獣医学的治療法
- 大量の抗生物質やサルファ剤などの静脈内または筋肉注射を全身症状が消えるまで継続し、 敗血症を予防します。
- 脱水症状を改善するため、 リンゲル液、 生理食塩液、 ブドウ糖液、 ビタミン剤などの大量輸液を行います。
- 症状に応じ、 副腎皮質ホルモン剤や消炎酵素剤などの注射を併用します。
- 発病初期に外陰部動脈に抗生物質を注射すれば、 全身的投与よりも乳房内に急速に薬物を浸透させることができるので大変有効です。
- 乳頭からも薬液を注入します。
- 片側の前後分房または乳房全体の摘出手術を行い、 治癒後肉牛として利用したり、 高価な雌牛では繁殖のみに利用することも行われています。
9) ケトーシス
(1) 原 因
ケトーシスとは、 さまざま原因により体内にケトン体が貯留して、 消化器障害や神経症状を示す状態をいい、 比較的よくみられる乳牛の病気です。
多くは泌乳最盛期の直前に発生しますが、 これは乳量が急激に増加してエネルギー要求量が増すにもかかわらず、 それに十分見合うだけの飼料が給与されなかったり、 あるいは生体側がそれに対応できないような状態が起きて、 低血糖を引き起こすために生じるといわれています。 従って、 多量のエネルギーが要求される高泌乳牛に発生しやすく、 3〜6産目のものに多発しています。 また、 さまざまなストレスによるホルモン失調が生じたときや、 酪酸発酵のサイレージ給与した場合にも、 ケトン体が過剰に生成されてケトーシスが発生することが知られています。 そのほか、 食欲減退を引き起こす消化器疾患や子宮疾患、 肝臓疾患などの病気に罹った場合にも、 二次的にケトーシスの発生をみることがあります。 これは、 継発性ケトーシスと呼ばれるタイプです。 |
(2) 症 状
臨床症状から、 大きく4つに分類することができますが、 共通の症状としては、 元気、 食欲がなくなり、 乳量が急激に減少して尿あるいは乳汁がケトン体陽性反応を示すことです。 |
- 消化器型 ケトーシスのほとんどが、 この型です。 分娩後2週間以内に発生するものが多く、 濃厚飼料やサイレージを食べず乾草のみを好んで採食します。 腹囲が巻き上がって削痩が著しく、 左部を聴診すると多くの場合心音と同じ音色の血管音が聴取されます。
- 神経型 突然、 歯ぎしり、 狂騒、 興奮、 歩様のふらつき、 眼球振盪、 旋回運動などの神経症状を示し、 はなはだしいときには自らの皮膚をかじることがあります。 状態が重いわりには、 適切な治療が行われると比較的早く神経症状は消失します。
- 乳熱型 分娩後数日以内に発生することが多く、 乳熱様の症状を示しますが、 カルシウム剤を投与してもあまり反応せず、 糖類の併用によって効果が上がります。
- 継発性型 第四胃疾患、 子宮疾患、 肝臓疾患や乳房炎などに継発して発病するもので、 原病によって症状や予後は一定しません。
(3) 酪農家でできる応急手当て
本症は使用管理の失宜に起因することが多いので、 飼養法の適正化に努めて発生を予防することが大切です。
泌乳最盛期には、 糖の不足をきたしやすいので乳量に応じた飼料を給与するとともに、 品質の悪いサイレージ、 特に酪酸発酵を起こしているものの給与は避けるべきです。 分娩前から分娩後1ヶ月間、 糖蜜やプロピレングリコールなどの糖源を内服させると予防効果があります。 |
(4) 獣医学的治療法
高張ブドウ糖 (25〜50%ブドウ糖、 500〜1,000ml) を主剤として、 強肝剤やビタミン剤などを混合して注射するとともに、 副腎皮質ホルモン (プレドニゾロン、 フルメタゾンなど) や有機酸塩類などを同時に投与するとさらに有効です。 神経型ケトーシスに対しては、 硫酸マグネシウム (25%、 200〜500ml) やグリコン酸カルシウム (20%、 250ml) の静脈注射が有効です。 継発性ケトーシスの場合は、 その原病の治療に専念することが大切です。 また、 重度の脂肪肝を伴ったケトーシスに対しては、 肥満牛症候群の治療法に準じて治療するとよいでしょう。 |
10) 乳 熱
(1) 原 因
分娩時の急激な泌乳開始により、 血清中のカルシウムが乳汁とともに大量に排出されて激しい低カルシウム血症を起こすために、 筋肉がまずけいれんを起こし、 ついで麻痺に陥り牛は起立不能となります。 血清中のカルシウム量は2つのホルモン (パラソルモンとサイロカルシトニン) とビタミンDの3つの作用がうまく働き合って調節しており、 正確に一定の値 (10mg/100ml) に保たれています。
そのうち最も重要なものは上皮小体から分泌されるパラソルモンで、 血液中のカルシウム量の低下、または無機リンの増加が起きた場合に分泌され、 骨に貯蔵されたカルシウムを血液中に動員する働きをします。 上皮小体はカルシウムが長期間十分に給与され、 かつ飼料中のカルシウムとリンの比率が正常範囲内 (2〜1.2:1) にあると、 パラソルモン分泌細胞の働きの低下あるいは停止をきたし、 この状態で急に低カルシウムの状態が起きても、 これに対する十分なパラソルモンを分泌できず、 著しい低カルシウム血症に陥り乳熱を起こしてしまいます。
従って、 飼料の給与方法によってある特定の牛舎で発生が多いことがあり、 また3〜5産目の高泌乳牛に出やすい傾向があります。 |
(2) 症 状
乳熱はそのほとんどが分娩直後から48時間以内に発症します。 症状は初期、 伏臥期および昏睡期に分けられます。 初期には興奮し過敏となり、 頭頚部の筋肉のふるえ、 歯ぎしりなどが認められます。 ついで後肢の強直が現れ、 運動失調となり、 容易に転倒するようになりますが、 この時期は短く間もなく麻痺と意識障害が現れます。
伏臥期には伏臥姿勢をとり、 頭頚部を一側にねじ曲げ、 意識は弱く病牛は非常に眠そうな様子をみせます。 瞳孔は散大し光に対する反応は鈍くなります。 四肢の筋肉の強直が消失し、 逆に脱力して起立不能となります。 耳根部および四肢の皮膚は冷たく、 体温は正常以下に低下します。 循環障害が現れ、 脈数は1分間に90くらいまで増え、 脈拍は弱くなります。 第一胃の運動は停止し、 食欲も全くありません。 以上のようにこの時期には意識障害、 低体温および食欲が全くないのが特徴です。 昏睡期には牛は四肢を投げ出して横になってしまい座臥することができません。 一般に体温の低下と循環障害はさらに進行し、 脈は速く (1分間に120くらい) ほとんど手に感じません。 横になっているために第一胃内にガスがたまり鼓脹を起こします。 光に対する瞳孔の反射は全くありません。 放っておけば呼吸が停止し死亡します。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
早期治療が本病の予後の決め手になりますから、 なるべく早く獣医師の治療を受けることです。 そのためには分娩直後の牛の状態をよく観察し、 初期症状を見逃さないようにすることです。 獣医師の治療を受ける前の応急手当てとして乳房送風を行うことがありますが、 これは乳房炎を起こす危険がありますので、 緊急時以外は行わない方がよいでしょう。 病牛は敷きワラを十分に入れた独房に収容し、 床ずれができないように4〜6時間ごとに寝返りをさせます。 本症では予防が大切です。
原因の項でも述べたように、 急激な泌乳による低カルシウム血症に生体が対応できないことが原因ですから、 分娩の約3週間前からカルシウム添加剤は給与せず、 あるいはカルシウムに対してリンの多い飼料 (1:3) を給与し、 パラソルモンの分泌細胞を絶えず刺激しておくことが必要です。 そして分娩直後からは逆に高カルシウム飼料 (乾物中1%以上) を給与するようにします。 |
(4) 獣医学的治療法
カルシウム剤として25%ボログルコン酸カルシウム注射液500mlを静脈内に徐々に注射します。 半量を頚側皮下に注射すれば高い血清カルシウム濃度が長時間持続します。 第1回目の注射から6〜8時間経過しても症状が改善されなければ再度注射します。 それ以上のカルシウム剤の注射は不必要です。
予防処理として過去に乳熱の経歴のある牛にはビタミンD3 (1千万単位) を分娩2〜8日前に筋肉注射すると有効です。 |
11) 第四胃変位
第四胃は正常な状態では第一胃の右下方で、 第三胃の後下方に位置し、 ほぼ正中線に沿って腹底を後の方向に走っており、 前方は第三胃に、 後方は十二指腸に連なっています。 そして、 その間にあたかもハンモックがぶら下がっているような容易に動きやすい状態で位置しています。 第四胃が本来の位置からはずれて左腹側部〜左部に変位 (左方変位) あるいは右腹側または右前方に変位 (右方変位) して、 消火器障害の症状を示す疾患を第四胃変位と呼んでいます。 |
(1) 原 因
本症は特に府県のいわゆる粕酪農地帯で粗飼料が少なく、 ほとんど運動させない状態での飼養管理下にある乳牛に多発しています。 このような乳牛では第一胃の発育が悪く、 また、 第四胃が消化障害を起こして弛緩または無力状態 (アトニー) に陥って著しく拡張してしまいます。 そして、 このように弛緩した第四胃は第二胃後面と第一胃前下部とのすき間、 または、 第一胃下面と腹腔底との間に生じたすき間を通って第一胃の左側面と左腹壁との間に入り込み左方変位を起こすのです。
右方変位も第四胃のアトニーが下地にあって、 第四胃がねん転しつつ右側腹壁または前方に転位したものです。 ここ数年来、 本症は従来から粗飼料がかなり多く給与され運動も十分に行われている北海道の乳牛にもひん発するようになりました。 これはコーンサイレージの通年給与と関係が深いようです。
すなわち、 現在使用されているデントコーンの細断機は、 サイレージの良質な仕上がりとサイロからの取り出しを容易にするため5mm以下に細切するように作製されています。 従って、 取り出すときにさらに粉砕されたコーンサイレージの大量給与を行うと、 摂取飼料は第一胃内で適切に発酵消化作用を受けることなく第四胃に速やかに移行するため、 第四胃の弛緩や潰瘍を起こしやすいのです。
以上のように第四胃の弛緩を起こす飼養管理上の要因は、 すべて本症の原因または誘因となります。 |
(2) 症 状
左方変位では、 通常食欲が不足でときどき食べなくなったり、 突然に減退あるいは廃絶することもあります。 左腹側の最後肋骨領域の膨隆がみられ、 ひばらは逆に陥没することが多いのです。 糞の量は減少し、 ペースト状ないし泥状です。 泌乳量は減少します。 体重の減少も目立ってきます。 本症は特に分娩直後から3週間以内に発症しやすい傾向があります。
右方変位では、 変位と同時にねん転を伴うことが多いのです。 そのような場合には下腹部を後肢で蹴り、 背を湾曲した姿勢をとって不安症状を訴えます。 脈拍数は100〜120と非常に増加しますが、 体温はむしろ下がる傾向があります。
乳量は急に減少し、 食欲と反すうもまったくなくなりますが、 かわきは逆に増強します。 糞の量は乏しく下痢便で1〜2日後には血便となります。 右方変位では急性の経過をとって2〜4日以内に死亡しやすいため、 できるだけ早く開腹手術により整復しなければ危険です。 また、 本症は分娩後3〜6週間の間に最も発生しやすいのです。 ねん転を伴わない単純な右方変位の症例では、 このような急性症状はみられず、 左方変位と似た症状を示しつつ慢性に経過します。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
右方変位は、 直ちに手術を受けなければなりませんが、 左方変位は慢性の経過をとるので、 獣医師と相談の上、 ローリング (牛を仰向けにして左右に振る) により第四胃を正常の位置に戻しつつ経過をみることが必要でしょう。 |
(4) 獣医学的治療法
本症の診断は打診−聴診による特徴的な金属性反響音と穿刺所見により容易です。 右方変位の場合には直ちに開腹手術を行って整復しなければなりません。 左方変位も従来開腹手術により第四胃を腹底に固定する外科的方法で治療が行われてきましたが、 最近では薬物療法により回復する例も多くなっています。
すなわち、 プリンペランの注射と希塩酸と苦味チンキおよび酵母剤 (ボバクチンなど) の経口投与を続けることにより、 70%以上もの左方変位が治癒しています。 |
12) 前膝と飛節の病気
(1) 原 因
牛の習性として寝起きの際に前膝を地面につけ後肢から起立しますから、 この部位に1日に何回も圧迫と摩擦が繰り返されます。 また、 後躯を上げる前に体を前後にゆり動かすので、 そのつど前膝を飼槽などに打ちつける傾向があります。 このような牛の習性が膝瘤を起こす主な原因と考えられます。
症状 前膝が波動を示し始め、 しだいに大きくなり、 人頭大ぐらいになることもあります。 触ってみると皮膚は固く感じ、 水が入っているように感じます。 発病初期には痛みもなく、 ほぼ普通に歩くことができます。 |
(2) 酪農家でできる応急手当て
あまりよい方法はありませんが、 前膝に布を巻いておく方法が考えられます。 |
(3) 獣医学的治療法
軽症で膝瘤の大きさに変化がなければ放置しておくのも一法です。 細菌感染を併発すると関節炎を起こしますから外科的治療が必要です。 2つの方法について簡単に説明しますが、 高度の清潔な技術が要求されます。
- 膝瘤の上側と下側に縦に皮膚切開 (約5cm) を行います。 上の創口から下の創口に滅菌ガーゼを通します。 この上に圧迫包帯を巻き、 数日〜10日ごとに包帯を交換します。
- 膝瘤の肥厚した皮膚の部分から円弧状に皮膚を除去します。 あとは皮膚創縁の結節縫合を行い、 圧迫包帯を施します。 この場合、 ギブス包帯を2〜3重に巻くのも一法です。 一般の外科手術の場合に準じて抗生剤などを投与します。
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(1) |
原 因 有刺鉄線、 綱巻き、 切り傷、 角突きなどによる外傷が主なものです。 |
(2) | 症 状 原因となった物体の形によっては思いがけない方向と深さに達していることがありますから、 外観だけではなく、 慎重に調べることが肝心です。 |
(3) | 酪農家でできる応急手当て |
傷の周りの毛刈りをすることが最も大切です。 15分間煮沸したブラシで石けんを使って洗い、 このあと希ヨードチンキを塗布しておきます。 傷口は膿汁でふさがりますから、 清潔なタオルで毎日ふいてください。
(4) | 獣医学的治療法
- 有毛部の剪毛、 温水と石けんによる洗浄清掃、 および消毒薬の塗布を行います。
- 外傷治療では創縁の有毛部の剪毛または剃毛が特に重要です。
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飛節の外側の膿瘍がしばしばみられます。 牛が寝るとき左右のいずれかに偏って後躯、 すなわち、 後肢の外側を地面につけるので、 飛節の外側に擦り傷が絶えないのです。 そのため細菌感染が起こり、 やがて膿瘍になります。
(1) |
酪農家でできる応急手当て 長い日数の後に膿瘍になるので応急手当ては特にありません。 ときどき清潔なお湯とブラシで洗浄し、 外傷薬をつけておきます。 |
(2) | 獣医学的治療法 自潰を待ち自然治癒させます。 跛行 (びっこ) がみられるときには関節炎が発症しているので、 抗生剤などを関節腔内または周囲に注射します。 |
(1) |
原 因遺伝、 削蹄不良が原因となり、 若齢の雄牛と未経産牛によくみられます。 |
(2) | 症 状飛節内外が水腫状に腫脹して硬く、長期間続きます。跛行(びっこ)はめったにみられません。 |
(3) | 獣医学的治療法
- 穿刺してもほとんど効果はありません。
- グルココルチコイドを4〜5日ごとに2〜3回局所に注射します。
- 清潔な手指で1クール4〜5回焼烙を行います。
- 削蹄失宜以外の原因では、跛行(びっこ)が特に見られない場合には放置しても差し支えないことが多いようです。
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13) 蹄の病気
(1) 原 因
牛の年齢に無関係に最も高率に発生する蹄の病気です。本当の原因はまだよくわかっていないようですが、放牧中に小石や切り株などによって生じた趾間の皮膚の外傷も原因の1つと考えられています。 削蹄不良のため、泥、糞、ワラなどが蹄に付着したまま乾き、固くこびりつくと通気が悪くなり、腐敗菌が増殖して本症を引き起こします。また、牛の体質にも関係があり、遺伝的に蹄の質と形状の悪い牛は本症にかかりやすいと考えられています。
化膿と腐敗の原因菌としてフソバクテリウム属の嫌気性菌、ブドウ球菌、レンサ球菌、コリネバクテリウム、ピオゲネス、真菌などがあげられています。 |
(2) 症 状
初期には極めて軽い跛行がみられ、趾間の皮膚が腐敗し悪臭を放ちます。症状が進むと硬い蹄壁の内側に腐敗が侵入し、蹄冠部や繋にまで化膿が及ぶことがあります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
蹄の外側や趾間から汚物、小石などを取り除き、希ヨードチンキを浸した綿花を趾間に挟むのも一法です。1日2回、牛床に石灰をまくのも効果があります。 |
(4) 獣医学的治療法
趾間の変性組織を掻き取り、病巣を乾燥させることが肝心です。抗生剤や消毒剤を塗布して包帯する方法、あるいは塩化第二鉄とグリセリンの合剤を塗布する方法も行われます。重症例にはペニシリン、オキシテトラサイクリンなどを非経口的に投与したり、まれには罹患蹄を外科的に切除する手術も行われます。 |
(1) 原 因
本症は化膿菌や壊疽菌が蹄底や蹄球に生じた傷などから侵入して起こります。糞汁や尿中で蹄壁が軟化し、角質が部分的に壊死するのも原因の1つと考えられています。妊娠後期は体重の増加により蹄底にかかる負重が増し、傷を受けやすくなります。 |
(2) 症 状
通常、 突然の跛行によって発見されます。検蹄器で圧迫すると激痛を示すので容易に診断できます。蹄底の角質部が増殖し、蹄底が二重(いわゆる二枚底)になっていることもあります。蹄底腐爛から蹄の関節炎を発症し、皮膚面に自潰することがあります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
蹄底を削り、 消毒用オキシドールで深部まで十分洗浄し、 ヨードチンキを塗布するか蹄病軟膏 (日本全薬) を塗り込んで包帯します。 |
(4) 獣医学的治癒法
刮削刀で病変部を真皮に達するまで深くかつ広く除去することが大切です。そのあとは趾間腐爛の治療に準じます。蹄の関節炎には抗生剤の関節腔内注射を行います。 |
(1) 原 因
趾間の皮膚にイボ状の組織が増生するもので、 趾間組織に持続的に刺激が加わることが原因といわれています。本症は趾間腐爛や蹄底腐爛から継発することがあり、また、遺伝が関係するともいわれています。 |
(2) 症 状
軽い跛行により推定され、また、開き爪も有力な手掛かりになります。趾間の前面、中間または後面に小指頭大〜鶏卵大の腫瘤があり、その周囲が腐敗していることがあります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
(4) 獣医学的治療法
増生した組織を切除しますが、あまりメスを深く入れない方がよいようです。抗生剤や消毒剤を塗布し包帯をします。切除した部位を液体窒素で焼く方法もあります。包帯したあと蹄尖に穴をあけ、内蹄と外蹄を針金で結び合わせると組織の再増殖を阻止するのに効果があります。 |
(1) 原 因
動物の皮膚を浸すカビには多くの属や種がありますが、 牛では比較的種類が限られていて、 牛の皮膚真菌症といえばほとんどトリコフィートン属のベルコーザムというカビが原因です。人のタムシ(白癬)の原因菌と同属ですが、種が異なります。
感染は主として牛から牛へと皮膚の接触によって感染しますが、 そのほか牛の管理具などにカビが付着し、 間接的にも感染します。 若い牛や栄養不良の老齢牛によく発生します。
本来、 発病は放牧牛よりも日光の少ない湿気の多い舎飼い牛に、 また夏よりも冬によく発生するのですが、 わが国の飼養形態では栄養も十分とはいえず、 また湿気の多い梅雨期があり、 何よりも接触機会が多い放牧時に感染します。 従って、 春から夏にかけて多発しています。 |
(2) 症 状
感染したカビは毛と皮膚の表面に付着して増殖し、 やがて毛に沿って毛穴 (毛包) 深く侵入増殖しますと、 毛の根元が害され脱毛し、 組織も傷を受けます。 すると細菌の感染が容易となり組織がますます破壊刺激されます。 そうなりますと痒みが生じてきます。
よく発生するのは顔面、 特に眼の周囲、 頚部、 尾根部などで、 やがて全身いたるところに散在します。 初め小さな円状の脱毛病変から始まり、 どこまでも広がるように同心円を描いて拡大します。 著しくふけ (鱗屑) が増加し、 皮膚はいくぶん隆起して厚くなり、 あたかも灰色ないし灰褐色の石綿をつけたようにみえます。
初め、痒みはありませんが、 上述のようにしだいに軽い痒みを生じ、 壁や柱などにこすりつけるようになります。 この際痂皮 (かさぶた) が破れて出血したり、 細菌の感染を受けて滲出液が滲み出たりしますと拡大の速度が著しく早くなり、 隣の同様な病変と互いに融合して広範囲な湿疹様の皮膚炎に変化します。
この状態になる以前の症状はほかの病気にはない極めて典型的な症状ですから、 カビの検査をするまでもなく真菌症と診断しても間違いはありません。
多くの例で、 限局病変が全身に散在する程度の温和なものですが、 細菌の感染を受けやすい牛は病変が限りなく拡大し、 融合して湿疹様の重症な皮膚炎となりますので、 症状の拡大の程度により獣医師の診療を受けることが必要です。 また、 このカビは固有の宿主である牛のほかに人や馬、 羊などにも感染しやすく、 その場合には牛よりも激しい症状となることが知られています。 感染牛の取り扱いに注意する必要があります。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
- 病巣数が少ないときは次のようにします。 ヨードチンキ、 5〜10%サリチル酸アルコール、 10%ウンデシレン酸、 0.1〜1%チメロサールなど (薬局で調合してくれます) を筆や刷毛で1日1回以上塗布します。
- 病巣の数が多いか、 病畜頭数が多いときには次のようにします。4%サイベンゾール水溶液 (大日本製薬:牛・めん・山羊胃・腸管寄生線虫駆除薬)、 1%バリゾン乳剤 (エーザイ:カーバイト系殺ダニ剤) などを週2〜3回、 全身もれなく噴霧します。
- 湿疹様となった重症のものは獣医師の診療を受ける必要があります。 また、 毎日塗布して2週経過後も治らないものは獣医師の診療を受けるのが得策です。 治癒の状態は病巣の鱗屑 (ふけ) が急に細かくなり、 痂皮が剥離し、 短い毛が密生してきます。 しだいに被毛の長さを増し、 2〜3ヶ月で正常に回復します。 治癒する速度は治療回数が大きく関係しますが、 さらに牛固体の免疫を獲得する能力が関係します。
(4) 獣医学的治療方
- 重症牛に対し抗生物質の注射、 抗炎剤の注射 (栄養剤投与を含む)、 痂皮の除去剤などの投与。
- 殺カビ剤の選択、 多数の病牛に対し効果的経済的によりよい薬物の応用。
- 基剤の選択、 水溶液を乳剤・油剤に変える。
- 免疫阻害薬物の使用禁止 (副腎皮質ホルモンなど)、 難治のものは菌種を決定し対応薬を採用。
14) ルーメンアシドーシス
(1) 原 因
健康な牛の第一胃内は、 細菌叢の動きが活発で、 正常な発酵が営まれており、 胃液のPHも常に7.0前後に維持されています。 ところが、 穀物のような炭水化物を一度に多量に摂取した場合には、 乳酸の過剰産生が起こり第一胃内のPHが急激に低下する結果、 胃内の原虫や細菌、 微生物叢の数が減少したり、 活性が低下するため、 重い消化障害を引き起こします。
すなわち、 [1]炭水化物含量の高い飼料 (穀類、 ビート、 ビートトップ、 ビール粕、 バレイショ、 大麦、 トウモロコシなど) の飽食あるいは盗食。 [2]乾草から穀物あるいは濃厚飼料への急変−などによって起こるのです。 |
(2) 症 状
症状は摂取した飼料の性状によってまちまちですが、 食欲の減退ないし廃絶、 脱水と甘酸っぱいにおいの下痢便の排せつが共通した特徴的症状です。 軽症のものは、 一過性の食欲不振、 第一胃運動の減退、 軽度の脱水と軟便の排せつなどがみられるに過ぎませんが、 重症になると、 重い中毒症状が現れます。
食欲が全くなくなって第一胃運動が停止し、 甘酸っぱいにおいの水様下痢便の排せつが認められ、 さらにルーメンアシドーシスが起きて第一胃内の浸透圧が著しく増加する結果、 第一胃内に大量の体液が移動して重度の脱水状態が生じ、 そのために、 眼球は著しく陥没します。 さらに、 病状が進むと、 歩様がふらふらし、 やがて起立不能となって昏睡状態に陥り死亡します。 一命をとりとめた重症例のなかには、 食飼性の蹄葉炎を継発して、 強拘歩様を示すこともあります。 フィードロット方式で肥育されているホルスタイン去勢雄牛群で、 慢性のルーメンアシドーシスに起因する蹄葉炎が散発することがあると報告されています。 |
(3) 酪農家でできる応急手当て
下痢の症状が現れたならば、 穀物などの炭水化物飼料の給与を直ちに中止して、 良質の乾草やワラを与えるようにします。 炭水化物含量の多い飼料を給与する場合には、 急変せずに日時をかけて徐々に慣らしていくことが大切です。 軽症のものでは、 飼料の変換だけで3〜4日目には回復しますが、 重症例では病勢の進行が早く、 手遅れになると死亡するので、 直ちに獣医師の診察を受けてください。 |
(4) 獣医学的治療法
軽症例に対しては、 アルカリ剤 (炭酸水素ナトリウム300〜500gなど) の経口投与や第一胃液の移植あるいは酵母剤の投与などの治療を行うだけで十分な効果が期待できます。
重症のものには、 外科的処置が最も有効です。 できるだけ太いカテーテルを用いて胃洗浄を行うが、 もしそれができない場合には第一胃切開手術によって胃内容を除去し、 その後、 大量の第一胃液を移植したり、 健胃剤を投与します。
それと同時に、 重度のアシドーシスと脱水を改善する目的で、 重曹を混ぜた大量のアルカリ性輸液剤による治療が有効です。 |
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