巡回指導概況の取りまとめ
は じ め に
 
 最近の畜産情勢、 とりわけ酪農を取り巻く環境は非常に厳しく、 生乳価格の値下げに加えて、 濃厚飼料の値上げ、 乳製品の輸入自由化等々で、 生産費は上昇し、 経営を圧迫しており、 その中で高品質の生乳生産が求められています。 一方、 消費者のニーズは安全で栄養価の高い生乳が望まれています。
 今日まで酪農家は飼養管理技術や繁殖障害の対策、 高栄養飼料の開発、 分娩間隔の短縮、 さらに代謝障害 (慢性乳房炎) 生理的栄養障害の予防治療と個体の健康管理の保全に努力と精進を重ねています。 そのなか乳牛は個体の改良によって1頭当たりの平均乳量も著しく向上しています。
 今後、 経営的には個体のもっている能力を十分発揮し一年一産を目標に、 良品質の生乳を生産する必要があり、 そのために最大限に向上した技術を利用し、 生産費の低下に努力することだと考えられます。
 畜産アドバイザーを受けて今年は3年が過ぎました。 その間、 県下37戸の酪農家を巡回し、 繁殖関係をはじめとしボディコンディション (B・C)、 泌乳量の向上、 以下問題と思われる各課題を項目別に整理し、 今後のアドバイザーの指導目標にしたいと思います。
 


1 繁殖関係
 
 繁殖障害対策は乳牛の飼養管理技術の中で一つの大きな問題として挙げなければなりません。 各酪農家は一年一産を目標に努力されているが、 それでも分娩間隔が長くなる個体がかなりおります。 原因はいろいろ考えられますが、 先ず初産牛の種付月齢は遅くなるほど受胎率が悪くなる傾向があり、 その後も順調にいかない例が多いようです。 生後12ヶ月を過ぎ、 体重350kgに達して好発情があれば種付けすると受胎率が良いようです。
 二産目以降で授精が遅れている牛が多くありました。 分娩後の初発情を早く見つけ、 そして授精する事が大切です。 勿論、 分娩後35〜40日以前の子宮は収復がまだで正常でない牛が多いので授精は控えるべきと言われています。 またこれには乾乳期の栄養状態 (B・C) がかなり影響すると考えられます。 乾乳期の (B・C) として (3+〜4−) が適当と思われます。
 最近では乳牛の初産牛に和牛のETを利用する例があります。 分娩事故を防ぐためと後継牛以外の乳牛では、 生まれてくるヌレ子の価格 (有名黒毛種雄牛) が高いので経営にもおおいにプラスになります。
 栄養と繁殖の問題は、 前年の資料でも述べたように栄養障害と思われる事例から繁殖障害となる例が散見されます。 良質粗飼料の完全給与やミネラル等の給与を十分考慮すべきと思います。
 

2 ボディコンディション(B・C)

 平成9年度は酪農家を巡回して3年目となりました。 この年は2戸減って35戸の酪農家を年1回ないし2回の巡回で (B・C) の実施となりました。
 そこで3年間の纏めとして37戸を4地区に分けて評価した数値を単純に平均しました。 一年間に4地区で約1,230頭、 3年間で延べ約3,290頭の評価です。
 
 
    3ヶ年の(B・C)の推移

  H7年度 8年度 9年度
全 地 区 (2+〜3+):(4-)
80.6:19.4
(2+〜3+):(4-)
92.0:8.0
(2+〜3+):(4-)
93.4:6.6
東部地区 84.6:15.4 90.0:10.0 93.0:7.0
中部地区 76.5:23.5 92.0:8.0 92.0:8.0
北部地区 85.2:14.8 92.0:8.0 93.0:7.0
西部地区 76.0:24.0 93.0:7.0 95.6:4.4

 (B・C)は前年、 現地指導の概況で評価方法について詳しく記述していましたが、 今回の内容もほぼ同じです。
 各個体の評価は、 これら農家を巡回しその都度実施したものです。 調査にあたって各個体の条件や状況は把握していませんが、 乾乳牛頭数は確認しました。
 (B・C)の目安は泌乳最盛期を(2+〜3−)泌乳期を(3+)乾乳期を(3+〜4−)としました。 3年間の数値だけの推移を見ますと、 まず一般的に言われている搾乳牛率を85%としますと、 H7年度は乾乳牛(4−)が全体で19.4%とやや高く、 各地区別にはかなり差が見られました。 全体的にはオーバー気味と思いますが泌乳量が上がっていれば問題はないと推定した数値です。
 次にH8年度は乾乳牛(4−)がかなり低く、 搾乳牛率85%を、 かなり数値では上回っています。 これは泌乳牛率が上昇したのではないかと考えます。
 平成9年度は、 乾乳牛(4−)が更に低く、 搾乳牛率は高くなっています。 しかし、 8年度と9年度の泌乳量をみると、 飼養頭数別の平均値で、 H9年度は総泌乳量の値がプラスとなっており、(B・C)の数値だけを見たところでは乾乳期の目安(3+〜4−)を下まわっていると思われるが、 飼料給与の節減につながればよいと思われます。 しかし、 分娩時の状況に如何に対応できるかと言うことが懸念されますが、 H8年度に比べH9年度は分娩事故、 起立不能等は少なかったと思います。
 能力の高い牛は 「体を削って乳を出す」 と言われています。 ピーク乳量が初産牛30kg以上、 経産牛が40kg以上にするためには、 牛は体内に蓄積している脂肪を動員して乳を出しています。 牛個体の健康保持や繁殖サイクルを阻害せずに、 その遺伝能力を発揮させるためには、 体脂肪の円滑な代謝が必要です。
 高泌乳牛では、 この体脂肪蓄積の代謝が重要な役割をしているので飼養管理上飼料計算のように科学的係数的な把握を必要としているが、 現場では実用的な技術として取り入れるまでになっていません。 そこで主観的になるが(B・C)の視覚および触診による評価が有効な手段として利用されています。
 

3 泌乳量  酪農経営を左右するもっとも大切な要素の一つとして搾乳牛の泌乳量が挙げられることは酪農家にとって当然の事です。 目標にしている搾乳牛1日1頭平均の泌乳量は搾乳牛飼養30頭以上では25kg〜28kg、 またはそれ以上。 搾乳牛飼養30頭以下では28kg〜30、 またはそれ以上が望ましいと思われます。 平成9年度の巡回農家の実態をみると、 平成8年度に比べ、 各飼養頭数別では若干延びていますが、 経営的にはもう少し向上する事が望ましいと思います。 巡回当日の搾乳牛1日1頭の平均泌乳量は、 30頭以上の搾乳牛飼養農家22戸で、 1頭あたり26kg、 30頭以下飼養農家15戸で1頭当たり25.4kgの実績でした。 H8年度、 H9年度の飼養頭数別泌乳量の実績は次の通りです。


表2 巡回酪農家当日泌乳量実績(2回 平均)
H8年度 H9年度
No 経産牛 搾乳牛 搾乳牛
平均1戸当たり
泌乳量
搾乳

牛率
No 経産牛 搾乳牛 搾乳牛
平均1戸当たり
泌乳量
搾乳

牛率
1 53頭 44頭 25kg

1 67頭 55頭 24kg

2 52 46 23   2 59 51 24  
3 52 45 21   3 55 48 25  
平均 52.3 45.0 23.0 86.0 4 54 46 27  
1 42 37 24   5 51 46 23  
2 44 43 30   6 51 44 24  
3 41 32 23   平均 56.2 48.3 24.5 85.2
平均 42.3 37.3 25.6 88.2 1 41 36 23  
1 34 32 27   2 40 37 30  
2 36 33 23   平均 40.5 36.5 26.5 90.5
3 30 29 26   1 38 35 29  
4 34 33 24   2 36 32 27  
5 30 26 27   3 36 30 29  
6 34 32 27   4 35 31 22  
7 36 35 28   5 34 30 17  
8 31 25 28   6 33 30 24  
9 38 31 26   7 33 30 31  
10 36 32 26   8 32 27 29  
11 31 25 23   9 32 28 31  
12 32 25 26   10 32 25 23  
13 35 27 24   11 32 27 29  
14 31 24 29   12 32 25 28  
15 35 30 22   13 31 25 26  
平均 33.5 29.2 25.7 87.2 14 31 23 31  
1 25 23 27   平均 33.4 28.4 26.9 85.0
2 25 20 28   1 29 26 28  
3 29 27 22   2 29 23 30  
4 24 19 22   3 27 22 28  
5 21 19 25   4 26 23 24  
6 21 18 29   5 25 19 23  
7 20 17 24   6 25 20 24  
8 28 24 23   7 25 23 23  
9 22 19 21   8 24 21 24  
平均 23.8 20.6 24.5 86.5 9 23 21 23  
1 15 13 20   10 20 17 23  
2 14 12 24   平均 25.3 21.5 25.0 85.1
3 10 9 23   1 19 16 27  
4 15 14 16   2 15 13 21  
5 13 9 25   3 15 13 32  
6 19 13 25   4 10 8 23  
平均 14.1 11.6 22.2 82.3 5 8 8 25  
    28.74 24.2 86.0 平均 13.4 11.6 25.6 75.0
              29.26 25.7 84.2
 
4 乳  質

 最近は消費者のニーズにより、安全でおいしい生乳の生産が望まれています。乳脂肪は勿論ですが蛋白含有率と、体細胞の検査が重要視され酪農組合としても消費の拡大に更に力を入れ、体細胞30万以上の検出乳にはペナルティーが科せられます。個体の健康維持の上からも体細胞(慢性乳房炎等)の検出が必要ではないかと思います。
 乳質について今年度の検査(月に2回検査)で巡回時の数値でみると、すべて巡回1戸当たりの平均値ですが、乳脂肪率3.85%、高い酪農家で4.6%、低い農家で3.4%(37戸)、無脂肪固形分率は平均で8.6%、高い農家で8.9%、低い農家で8.5%(37戸)、乳蛋白は平均で3.2%、高い農家で3.4%、低い農家で3.0%(29戸)でありました。
 乳糖は、平均で4.44%、高い農家で4.6%、低い農家で4.3%(28戸)、体細胞で平均29.5万、高い農家で67万、低い農家で9万(31戸)で、細菌は平均4.8万、高い農家で26万、低い農家は2万(31戸)の実績でした。体細胞及び、細菌については1〜2戸の特定の農家でやや悪い成績のためと思われます。搾乳器械の改善(離脱式)搾乳前後の処置(デッピング)等も考慮されていますが、確実に実施することが必要です。
 
 

 

5 自給飼料(良質粗飼料)
 
 乳価の値下げに対応するには、 粗飼料の自給率を上げ、 生産費の低減に努力しなければなりません。 また牛個体の調子は勿論のこと、 乳成分のよい牛乳を生産するためには良質粗飼料の給与は飼養管理技術の原点です。
 しかし県下の実態は大部分が輸入乾草の購入にたより、 自給飼料を確保する酪農家は数えるほどです。 良質粗飼料の給与は、 健康、 繁殖、 乳成分の向上を助け、 しかも濃厚飼料の消化率を良くすることにも関係します。 高泌乳牛の能力を高める基本的な要因は、 良質粗飼料給与にかかっていると思われます。 実際にはサイレージ及び、 ロールベールサイレージの給与農家もあり、 彼らは自給飼料給与の向上に努めています。 最近、 ある地域で 「地ビール」 工場が酪農家の近くに設置されたことから、 ある農家では将来的にビール粕給与計画を考えているようですが、 まだ継続的に給与にはなっていないようです。 「ビール粕」 の搾乳牛利用には、 いろいろな問題点がありますが、 適切な給与をすれば濃厚飼料の代替としても利用出来、 これで生産費の低減につながると思います。 給与する時の問題点及び、 給与試験結果等は指導書の別刷項で述べたいと思います。
 

6 糞尿処理
 
 年ごとに厳しくなる環境保全問題は酪農業を今後も続けて行こうとする農家には最も心痛の一つです。 しかしこの問題は単純に規模拡大することによって、 逆に糞尿を散布する耕地が狭くなったと言えないことがあります。 以前では所有耕地が狭い経営者でも糞尿とイナワラを交換したり、 飼料作物は牧草主体でなく糞尿が多量施用可能なトウモロコシやカブなどを栽培していたが、 最近では敷料の不足等のためか液状に近い糞尿が多く、 この利用がなかなか難しいなど制約条件が加重されてきています。 しかし各酪農家の処理対応の方法は、 ほ場が使える農家はほ場へ、 また堆肥盤を設置して完全に腐熟した堆肥を作り、 耕種農家または園芸に利用する事を行っている状況です。 しかし個人では施設費がかかり、 かれらは救済を望んでいる状況です。 最近、 地域によって補助事業で協同利用の堆肥センターが建設され、 軌道にのりつつある施設があります。
 今後、 地区ごとに堆肥処理施設等をする必要があり、 糞尿処理は勿論のこと良質な堆肥が流通にのせられれば酪農家の経営はプラスになるものと考え切望します。
 

7 牛群検定
 
 機能的体型とは効率的な泌乳と畜舎内の管理に適した体構造であり、 長命で高生産性の遺伝力を示すものと言われています。 乳牛に求められている究極のものは泌乳性であるが資質や品位の良さに加えて、 その能力を支える骨格の強さ体質の強健さが求められ、 さらに繁殖が良く、 連産性に富むのでなければ生涯生産は望めません。 即ち泌乳性、 強健性、 繁殖性、 効率性など種々の要因が機能的に係っています。
 このように自分の経営を有利にするためには牛の個体を作ること、 つまり牛群検定を大いに応用することが一番の早道だと思います。
 牛群検定の内容は酪農家の皆さんも十分知っておられますので、 取り入れていない方は早く取り入れてほしいと思います。 巡回している酪農家の中でも、 この活用により経営に反映し成果を上げておられます。 県全体では、 まだまだ実施加入率が低いようですので、 早く実施されることを期待しております。
 

8 削  蹄
 
 本県の乳牛は舎内飼養が多いことから、 削蹄の実施は重要です。 これは泌乳量の増加、 繁殖率の向上、 個体の健康等々、 搾乳牛としての効率を高めます。
 巡回している酪農家は年2回か年1回とまちまちですが、 削蹄を確実に実施している者や、 中には削蹄師の都合で1年半に1回実施の農家がありました。 出来れば1年に2回の実施が望ましいと思います。
 

9 疾  病

 酪農経営の中で、 連産で高泌乳の牛を管理することが、 高収益に繋がるといえます。 しかし改良された牛個体に高栄養の飼料をバランス良く与える、 つまりこの飼養管理はなかなか難しく、 そして管理の失宣がいろいろな疾病を発生する要因になる事を忘れてはなりません。
 今年度も巡回農家の中で繁殖障害、 代謝障害、 分娩事故といろいろありましたが、 このうちで繁殖障害が一番多かったと思われます。 ほかに卵巣のう腫、 不妊、 乳房炎 (エソ性乳房炎)、 第4胃変位、 起立不能症。 そしてある地域では蹄病がかなり発生し被害を受けた農家がありました。 これは牛舎構造が悪く、 常に湿地に起立している乳牛に多く発生していました。 つぎに分娩後の起立不能症は昨年より少ないようですが、 第4胃変位は発生が多いようでした。
 これら疾病の被害としては、 泌乳量が落ち、 さらに分娩間隔の遅延につながり、 これが経営を圧迫する最悪の要因となります。

 

10 ETおよびF1の利用

 初産のホルスタインから生まれた子牛が大きい場合、 難産すると言われ、 この予防としてET (有名黒毛種雄牛) やF1産子が高値で取引されていることから、 この利用が実施されています。 しかし搾乳牛の後継牛確保に苦慮している農家もあります。 我が家の高泌乳牛の後継牛を作ることも大切です。
 一般的には飼養牛の1/3は、 高泌乳牛の後継牛として、 能力、 体型等の遺伝率を考え一形質ずつの改良目標を立て、 交配種雄牛を決め授精することが望ましいと思います。
 以上、 各課題について現状を述べましたが、 平成10年度は過去3ヶ年の各課題の改善とさらなる向上を目指して頑張りたいと思います。 今後ともよろしくお願いします。
 なお、 各課題ごと述べたものを整理し指導書として印刷します。


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