「私の目指す牛飼い〜よみがえれ循環型畜産〜」

山口県立日置農業高校2年 杉山 真人

 我が家では、昨年から水田放牧を行っています。水田放牧を始めたきっかけは、私の地元に住む「篠田さん」という方に誘われたことでした。篠田さんは、山口県畜産試験場の場長を努めていらっしゃった方であり、畜産の知識と情熱は他を圧倒するものがあります。篠田さんが水田放牧を提案された理由は、「せっかく基盤整備した田も、近ごろは高齢化や兼業農家の増加などで、十分活用ができていない。だから、牛を使って農地の荒廃を防ぎたい。それに、牛を放牧することで牛も健康になる。」私の住む山口県秋芳町は、カルスト台地で知られる盆地です。以前はそのカルスト台地の草を利用した畜産を営む農家がたくさんありましたが、近代化と共に、畜産離れが進行しています。そんな中、我が家は代々畜産を営み、現在も、畜舎においての飼育という形で繁殖和牛を30頭、飼っています。しかし、糞尿の処理などにおける飼育には限界を感じていました。
 昨年、3組6頭を水田に放しました。1組は、7月28日から3月31日までの200日間、残りの2組を8月から11月までの110日間ほど放牧しました。まず、水田に着いたら、牛の鼻を電気牧柵の電線にあて、この線に当たると「痛い」と言うことを学習させ、その後、牛を放します。牛たちは、最初に周囲を歩いて放牧地を確認し、やっと、草を食べに行きます。いったん放牧地に慣れると牛は、よほどそこが快適なのか回収するのに一苦労です。この作業は、家族皆が協力します。
 今年は、1年を通して放牧する周年放牧というものを、転作田でしようと実行中です。冬には、イタリアンライグラス、夏には、雨にも強く、踏まれても再生能力の高い青葉ミレットを植えています。しかし、計画的に牧草を植えても、牛たちがまず食べるのは、イネ科の野草、次に私たちの植えた飼料作物、最後にセイタカアワダチソウなどの芯のある堅い植物です。自然に近い飼育方法をしてみることで、初めて牛の好きな草が、もともと水田に生えている野草であることに気がつきました。
 そんな中、私の予想を上回る出来事もありました。それは子牛の出産と成長です。2年間の水田放牧中に、7頭の出産がありました。外での出産に不安感があったですが、まったく問題がないばかりか、反対に、どの親牛たちも大きな子牛を生んでいました。また、生まれた子牛たちは畜舎内で飼っている子牛たちよりも骨格の作りがよく、一目で健康そうだということが分かりました。実際、子牛市場で子牛を販売したとき「杉山のところの牛はよくなったな。」との評価をもらっています。
 試験的に始めた水田放牧ですが、牛を放すことにより、地域とのつながりも芽生えました。放牧した水田の前にある万代商店のおばさんは、いつも牛を見ていて、私がそのお店に行くと「子牛はいつ生まれるん?」と牛に興味を持って、よく聞いてくださいます。また、小学生たちは、牛が放してあるのを見て、喜んでスケッチなどをしています。時には、牛が脱柵するハプニングもありましたが、今ではスムースに放牧が行われ、私たちの地区ではなくてはならない風景になってきています。水田放牧に協力してくださった地域の戸数が、昨年度は6戸だったのに、次の年には13戸に増加したのも地域の人々の関心が高いことをあらわしています。
 一方、水田放牧をすると「水質が悪くなる。」といわれる様ですが、私の考えでは余分な物が加わらない分、水質が変化することはありません。牛以外の物は全て、この台地にもともとあったもの。牛はそこに生えている草を食べ、栄養を取り込み、そこを流れる水を飲み、その場に糞を排出し、その糞は再びその土地の植物たちの栄養となっているのです。水田放牧は、まさに循環型農業です。
 私の夢は、低コストで健康な牛をつくる繁殖から肥育までの一貫経営をすることです。まずは、今取り組んでいる放牧を生かして、健康な子牛を生ませます。そして、牛の好きな草が野草であることがわかったので、生まれた子牛達は、秋芳町の宝物である秋吉台の草を豊富に使った体作りをさせます。また、草の少ないシーズンには、一昨年から実践を開始した転作田での飼料用イネをサイレージとして給与してみたいと思っています。
 日置農業高校に入学し、家畜審査競技の練習やヤングファーマー研修などで様々な農家に行く機会に恵まれ、いろんな方に出会う中で、私を取り巻く環境は、畜産を営むのに最高の環境だと気づきました。中でも水田放牧に取り組んだことは、一番の収穫でした。「秋吉台」という牛を健康に育てられる豊富な草資源の存在、水田放牧によって牛のいる風景を取り戻した地域、篠田さんを始めとする畜産農家をひっぱってくれるリーダー、そして、なによりも祖父や父が築いてきた我が家の畜産。全てがここにあります。牛のいる生活が当たり前だった私ですが、今、はっきりと自覚しています。地域を活かした農業を復活させたい。私には、畜産の力がみなぎっています。

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