肉用牛
繁殖部門

棚田における農地保全と効率的子牛生産を図る

和牛放牧経営

西 嶋 幸 宣

 

.経営管理技術と特色ある取組み

 


  油谷町向津具地区は、山口県西部に位置し、日本海に面した美しい海岸線のほとんどが「北長門海岸国定公園」に指定された風光明媚なところであり、中でも油谷地区は棚田百選にも選ばれるほど景色のいいところであります。

 当地区は、棚田百選に選ばれていることからもわかるように、海からの急傾斜に棚田があり、昔から棚田を利用した稲作が行われてきました。肉用牛は、古くは棚田を耕す農耕用の役牛としてどの家でも、1頭〜2頭飼養されていました。しかし、減反と機械化により、肉用牛の飼養目的も役牛から肉用牛子牛生産のための繁殖経営へと移行していきました。

 西嶋さんは、昭和20年ごろから役牛として2頭ほど飼養していましたが、昭和50年頃には、肉用牛生産を目的として、2頭から5頭へ増頭を図りました。

一方、棚田での水稲栽培は、作業効率が悪く、かなりの労力を必要とし、農地を維持することも、草刈等の作業が大変です。

そこで、省力化による肉用牛生産と、農地保全を図るため、平成9年からは、電気牧柵を利用した本格的な棚田での放牧に取りくんでいます。放牧当初の面積は、10a程度でしたが、電気牧柵は、簡単に設置できることから、自分で徐々に拡大し、現在では120aまで拡大しています。

 放牧当初は、放牧牛の事故を防ぐため、家畜保健所、畜産試験場の協力の下、経産牛を畜産試験場に預け、あらかじめ放牧の経験をさせてから放牧をはじめました。また、野シバ草地の造成にあたっても、家畜保健所、畜産試験場等の支援により、野シバの移植を行い、現在に至っています。

 また、今日では、日置農林事務所をはじめ、畜産試験場、関係機関等の連携により水田放牧に関する研修会等を開催し、省力化のための放牧技術の普及・支援等が行われています。

 

 

2.経営の概要と実績


(1)労働力の構成

 

平成14年8月現在

 

 

 

 農業従事日数

    

総労働時間

備  考

 

 

 

 

うち畜産部門

(作業分担等)

 

本 人

80

365

335

1,110

飼養管理・草取り

 

70

365

200

400

飼養管理

 

 

 

 

 

 

 

労働力

 

     2  人

 

     730日

 

         535 日

労賃単価

750円


 


(2)収入等の状況

 

平成13年1月〜平成13年12月 

 

 

 

品目名

作付面積

飼養頭数

販売額・

肉用牛繁殖

6頭

1,327,200

耕 種

水稲

75

750,0000

   

 

 

2,077,200

 


(3)土地所有と利用状況


                                             単位:a

 

 実 面 積

畜産利用地

備 考

 

 

うち借地

面  積

 

耕地

75a

 

 

 

 

 

 

 

樹園地

 

 

 

 

75a

 

 

 

耕地以外

牧草地

50a

 

50a

 

野草地

 

 

 

 

放牧地

120a

 

120a

 

170a

 

170a

 

 


(4)家畜の飼養・出荷状況

単位:頭(羽)

品 種

区 分

 

成畜

 

子畜

期 首

5

5

期 末

6

5

平 均

5.1

3.4

年 間 出 荷

頭(羽)数

 

4

 


(5)施設等の所有・利用状況


 

 

 

 

構  造

資  材

形式能力

棟  数

面積数量

台  数

取 得

 

(利用状況等)

金額(円)

 

倉庫・育成舎

 

畜舎(放牧場)

 

 

 

 

 

 

 

 

1棟

 

1棟

30年

 

50年

 

800,000

 

300,000

 

 

 

 

電気牧柵

 

 

 

 

 

9年

 

170,000

 

*後少しづつ増設

 

 

 

モア−

結束機

カッタ−

 

 

 

 

 

2台

 

H9年

H9年

H10年

300,000

300,000

300,000

 

 

 

 

 


(6)経営の推移

年 次

作目構成

頭(羽)数

経営および活動の推移

23年

 

50年

 

 

9年

 

 

11

水稲

 

肉用牛生産

 

 

放牧開始

10a)

 

放牧場拡大

120a)

2頭

 

5頭

 

 

4頭

 

 

4頭

役牛として飼養

 

油谷町5頭会組織と同時に増頭開始

2頭から5頭へ増頭を開始し、肉用牛生産を本格的に図る)

 

 電気牧柵

 モア−・結束機

(新生産調整対策推進事業)


(7)自給飼料の生産と利用状況

飼料作物の生産状況(   13 年     1月〜   13年    12月)

ほ場

番号

面 積

(a)

飼料作物

の作付体系

主 な

利用形態

牧草

 

 

 

 

牧草

1

 

 

 

 

2

30

 

 

 

 

20

混播

-チャ-ド

-ルフェスク

アカクロ-バ-

 

ソルゴ-

イタリアン

乾草

 

 

 

 

乾草

 

.家畜排せつ物の利活用と環境保全対策


(1)家畜排せつ物の処理方法


放牧場には、野シバが生えているため、放牧場に落ちたふん尿は、野シバの肥料となっています

一方、畜舎内に排出されたふんについては、およそ月に1回程度ボロ出しを行っています。

ほとんどは、自給飼料の堆肥として利用され、一部は、稲ワラ交換に利用しています。

 飼養規模が適度で、ふん尿の処理に困ることはありません。どちらかというと、稲ワラ交換の際、堆肥が不足 する場合があります。

 


(2)家畜排せつ物の利活用


 ほとんどが自給飼料の堆肥として利用されています。わずかに、稲ワラ交換しています。

  
(3)評価と課題


 1.野シバの生育した放牧場に放牧しているため、放牧場で排出されるふん尿は、土地還元されて、野シバの肥料となり、野シバを牛が食べるといった自然循環のサイクルが形成されています。

2.畜舎内のふん尿処理については、放牧を利用しているため、量は少なく、適切に処理されています。

3.ボロ出し等が月に1回程度なので、労力がかからず、高齢者でも負担なく、牛を飼うことが出来る。

 


(4)その他


 山口県下、中山間部の農村では、高齢化と減反、それに作業性が悪いと言った要因により、農地の荒廃が増加傾向にあります。

当地区においても、例外でなく、年々、耕作放棄地が増え、農地の保全をどのように図っていくかが問題となってきています。

 このような中、野シバ放牧を利用して、農地が荒れるのを防ぎ、農地の保全を図っています。

西嶋さんは、作業性の悪い耕作放棄地となる遊休地を利用して放牧を行うことにより、農地の保全と景観の維持を図っています。また、放牧面積に対して、適度な頭数の牛を放牧しているので、過放牧により、放牧場がぬかるむ事もなく、青々とした草が生えています。

 このような取り組みも、牛と自然を有効利用し、農地本来の姿を保つという点で、十分環境美化につながっていると考えられます。

 今後、中山間地域では、高齢化と減反が進むにつれ、農地の荒廃が進むと同時に、それに伴い、野生動物(イノシシ・猿・シカ)等の農作物等への被害等も増加することも考えられます。また、土壌の流亡、石垣の崩壊といった災害も考えられます。このような被害を防ぐためにも、牛の草を食べる習性を有効利用して、農地を保全することは、大切なことだと考えられる。

 

 

4.地域農業や地域社会との協調・融和についての活動内容

 


 長門大津地区は、平成元年より水田放牧に取り組む農家が増えつづけ、現在、約16戸の肉用牛農家が放牧に取り組んでいます。西嶋さんもその1人であり、地域農業の活性化や農村社会の維持に大変熱心です。

 また、県内を含め県外からの視察に対しても、積極的に対応して、地域農業の活性化の1つとして、牛の役割を説明しております。

 また、研修会、講演会等にも積極的に出席し、意見交換等を行っており、若手の生産者との意見交換も行い、若手生産者の育成にも努めている。

 

5.後継者確保・人材育成等と経営の継続性に関する取り組み

 


 農林事務所をはじめ、町、農協が中心となり、研修会、農家視察等を開催し、生産意欲の向上を図ると同時に、農家間のコミニュケ−ションを図り、農家の経営継続の維持に努めています。

 また、中山間地域の農家は高齢者が多いため、無理せず、いかに省力化を図るかが、経営を継続してもらうための条件の1つになっています。そのため、農林事務所をはじめ、関係機関と生産者が省力化のための飼養管理法や、技術紹介等を行っています。

 なお、油谷町地区の若手の畜産農家と積極的に意見交換を図ることにより、これまでの経験から得た知識等を伝授し、今後の油谷町畜産の発展のために努力しております。

 

6.今後の目指す方向と課題

 


 山口県の農村部では、農業労働力の高齢化の進展や担い手の流出等から、中山間地域の条件の悪い棚田等は耕作放棄されつつあります。このような耕作放棄地は年々増加傾向にあり、ひとたび耕作放棄されると、すぐにカヤなどの野草が生い茂り、2、3年もする藪となります。このような耕作放棄地は、農村の多面的機能の保持からも好ましくなく、野生動物(イノシシ・シカ・猿)等の発生を招くことにもつながります。棚田が荒廃すると、土壌の流亡や石垣等の擁壁の崩壊を招き、自然災害等の発生が危惧されます。

 また、作業の機械化が難しい棚田、山間部において、高齢者でも活用できる手段を求めることが、大きな農村振興の課題となっています。

 このような背景を踏まえ、今後は、牛の放牧によって耕作放棄地を飼料基盤として蘇らせ、景観の保持や野生動物等の被害を防止するとともに、効率的な肉用牛生産を図る方向で取り組んでいます。

 課題としては、

高齢であるため、これ以上の規模拡大は難しい。(逆に、これぐらいの飼養頭数であれば、高齢であっても、無理せず牛を飼養管理することは可能である。)

西嶋さんは、高齢であるが、放牧を取り入れることにより、ボロ出し等の作業の効率化を図り、農地の保全と収入の確保を図っている。

今後の畜産を考えていく上で、荒廃した作業性の悪い土地を利用して放牧を行うことにより、農地の保全と、肉用牛の生産を図っていくということは大切である。また、今後も、肉用牛農家の高齢化は進むことが予想され、高齢者でも無理なく牛が飼える方法が重要であり、今後の畜産のあり方を考える上での一例となる。

 

7.事例の特徴や活動を示す写真

.0.

 

 



 

放牧場全体風景                                   パルス発生装置

 

       放牧場の牛舎(間伐材を利用)                        自宅横の倉庫及び子牛牛舎

 

 

      新たに放牧し始めた棚田                             耕作放棄された棚田