山口県育成牧場の現状と今後のあり方について 山口県育成牧場 次 長 田 形 弘 昭和30年から40年代の酪農及び肉用牛生産農家は殆どが零細規模であった。その零細性を克服し、多頭化を目指す過程での障害は、高度な飼養技術を要する子牛の育成に大きな労力負担を払わなければならないことであった。 育成牧場は「農家から子牛を預かり、カルスト台地の大自然と豊かな草資源を活用して、これを大きく育てて返す役割を担えば、県内の畜産農家の規模拡大と所得向上につながる」という、時代的要請をうけて設置された県営公共牧場である。昭和42年に開設して既に30年が経過したが、この間、牧場の育成業務は幾多の技術的困難を乗り越え、今日では預託農家の付託に応えられる育成牛を供給できるまでになっている。
1 育成業務の歩みと現況 開設以来、平成9年3月末までに12,000余頭を受託育成してきた。農山村の過疎化が急激に進展する中で、畜産農家の規模拡大や経営安定の一端を育成牧場の育成業務が担ってきた。その貢献度は大きなものがある。しかし、畜産農家の年を追っての減少に伴い、現在の預託農家戸数はピーク時の3割にあたる60戸程度となっている。牧場の主務は乳雌子牛の育成であり、預託農家の大半は酪農経営が占めている。だが、県下で育成されている乳雌子牛に対する預託割合は逐次減少する傾向にあり、最近では1割(9.9%)を切るまでになっている。 また、入牧不振をカバーする目的で、昭和59年から緊急避難的に乳用種肥育素牛の受入を始めた。今ではこれが管理頭数の3分の1を占め恒常化する等の現象がみられている。
管 理 頭 数 の 推 移
育成管理は試行錯誤の連続であった。開設当初から10数年間は、施設の不備、多頭集団育成への不馴れ、放牧管理技術の未熟、加えて放牧病である小型ピロプラズマ病防圧の立ち遅れで、1日当たり増体量(DG)が0.5kgを下回る発育遅滞が続く状況であった。満足のいく発育が得られず、預託農家に大変な迷惑をかけた時期である。
乳用雌牛の疾病発生状況と発育
退牧牛の発育状況は逐次向上し、最近では、体高がホル協発育標準の平均値とほぼ同等の発育を示すまでになっている。昭和55年以降の二次にわたる牧場整備と秋吉台の気候・風土にマッチした草地維持管理技術、飼養技術等一つ一つの関連技術を積み重ねた努力の成果である。また、過肥を避け「体を絞って骨格を作る」ことに専念した。これにより受胎状況が着実に向上し、胚移植(ET)受胎率も高水準を達成するまでになっている。さらに、数年前から牧場業務に新たな展開がみられている。まだ、牧場周辺の市町に限られているが、舎飼いで種付きが悪くなった繁殖和牛を牧場の草地でリハビリを行い、受胎能力の回復を試みた。これが意外なほどの好成績を収めている。
2 退牧牛の産乳量 酪農界は高泌乳牛の時代を迎えている。全国の乳検成績によると、平成6年に305日乳量が8,000kgを越えている。その後も泌乳量の増加は止まるところを知らない。30年前に乳量5,000kgが夢であった時と比べると隔世の感がある。現在の高泌乳化は、ただ育種改良のみで達成されたものでなく、濃厚飼料を中心とした飼料給与技術の向上に帰するところが大きい。 高位生産を支える育成牛でなければ意味がない。以前は「育成牧場では、高泌乳牛の育成に対応できない」との畜産農家の声をよく聞いた。だが、今では「育成牧場の退牧牛はよく乳を出す」との評価を得ている。平成6年の初産時305日補正乳量は退牧牛の平均が9,466kgであるのに対し、県域牛のそれは9,032kgに止まっている。また、過去5年間における産乳量増加の推移をみると、県域牛は年間167kgの増加量を示すが、退牧牛ではさらに高く331kgづつ増加する傾向が窺える。産乳量増加には、平成5年からロールベールサイレージ大系を取り入れ、良質粗飼料の安定供給が可能となったことが大きく影響している。その結果、育成期に良質粗飼料をよく食べ、肋が張り、体躯強健になったことによる。
3 これからの方向づけ 育成牧場の使命は他の公共牧場と同様、畜産農家の飼料基盤の補完、労働軽減等の役割を担い、県域の畜産振興に寄与することにある。今も、その使命的意義は失われていない。だが、開設から30年が経過した現在、牧場を取り巻く諸情勢は変化している。収益・採算性を度外視した子牛育成とか、助成一辺倒の業務展開では、今後の発展は望めない。牧場の持つ多くの機能や資源をフルに活用して、新しい時代の価値観や多様なニーズに応えていく姿勢と実行が大切である。
@ 肉用牛改良増殖基地としての役割 まず、自由化と産地間競争の波にさらされている肉用牛への対処である。牛肉は最近、輸入肉攻勢もさることながら、狂牛病やO−157等の衛生上の問題から、とくに産地の顔が見える安全で新鮮なイメージがなければ販売力がない。いわゆる差別化商品となっている。いきおいブランド化や産地間競争に拍車がかかり、産地間で特性を生かした改良増殖が図られなければ、肉用牛は消滅する危険性さえある。これを回避する一助にするため、育成牧場の持つ機能やイメージを肉用牛の改良増殖コア(核)基地として、本県の主要プロジェクトである「やまぐち和牛の里づくりの推進」に反映させるべきである。 たとえば、本県では乳牛を借り腹として年間約300頭の和牛ET産子が生産されている。優秀な遺伝形質を持った産子であり、これを育成牧場で集中的に育成管理し、育種改良素材となる導入牛などとして計画的に配布すれば、県下全域の育種改良のスピードが加速されることになろう。
ヨーロッパでは、国土保全、景観保持を図るため、山岳地帯へのデカップリング(条件不利地域への所得直接保障政策)が実施され、都市生活者が農山村や牧場の自然とふれあうグリーン・ツーリズム(緑豊かな美しい景観に囲まれた自然の中でのゆとりある滞在型余暇活動)を実践している。21世紀を見据えて策定された「山口県農林業・農山村振興の基本構想」でも、デカップリング導入の可能性やグリーン・ツーリズムの推進を標榜している。 世界有数のカルスト台地である秋吉台をバックに、広い草地を持ち、自然の草花に囲まれた育成牧場は、グリーン・ツーリズムの受け皿としての機能を十分に備え持っている。県民の日常生活が自然とのふれあいに希薄となり、その意識も「物の豊かさ」から「心の豊かさ」へと変化している。このような中で、「見る」「触れる」「体験する」といった、やすらぎの場の提供できる牧場は、むしろグリーン・ツーリズムへの積極的な役割を果たす義務を担っているのではあるまいか。その期待に応えるためには、地域の農林業をはじめとする産業、教育宿泊施設、秋吉台国定公園などとの連携が必要となる。さらにまた、一般に公開できる場内施設の整備、草地更新の合間に、緑肥用ヒマワリなどの四季の花を圃場に植え、景観に彩りをそえる工夫を忘れてはならない。 |