中山間棚田を生かした繁殖肉用牛の放牧経営

日置農業改良普及センター
  主任技師 遠 藤 裕 子

 繁殖肉用牛の放牧経営は、 単県事業の実施により県内に広く普及しているが、 特に、 日置農業改良普及センターでは、 高齢化による労力不足と農地の荒廃を改善する一手法として注目している。
 今回は、 水田放牧先進地として注目されている日置町の奥畑水田利用放牧場について紹介する。

 1 日 置 町 の 概 要

 日置町は、 山口県の西北に位置し、 北は日本海に臨んでいる。 気候は三方を山地や丘陵に囲まれているが、 海流の影響もあり概して温暖。 年間平均気温は16℃、 降雨量は年間1,800mm程度。 人口約4,800人 (所帯数1,577戸) の第1次産業を基幹とした町である。
 平成6年の農業粗生産額は19億9,100万円で、 肉用牛が1億3,100万円 (6.6%) を占める。 繁殖肉用牛の飼養農家数は57戸、 飼養頭数286頭 (平成8年2月1日現在)。

 2 奥畑水田利用放牧場の成り立ち


 奥畑水田利用放牧場では、 現在、 日置町在住の藤本通さん (64) と熊野菅人さん (58) の2人が、 繁殖肉用牛22頭を飼養している。 頭数内訳は、 藤本さんが6頭、 熊野さんが16頭の規模。
 水田を放牧場にした経緯は、 当概地の水田所有農家6戸が、 昭和62年から63年の間に休耕・荒廃したほ場を、 平成元年から、 集落外の藤本さんに管理 委託したことに始まる。

視察者用に設置した看板(H8.3)

 藤本さんは、 平成2年まで水稲栽培を行ったが、 シカやイノシシの害で、 収穫皆無が続き、 水稲以外の作物栽培を模索した。 日置町役場で、 水田放牧技術定着化促進モデル事業 (H1〜3) を紹介され、 平成2年度事業で繁殖牛2頭を導入し、 水田の一部で放牧を開始した。 平成3年度には、 藤本さんの勧めで熊野さんが同じ事業に取り組み繁殖牛3頭の放牧を始めた。
 熊野さんは、 水田放牧開始が肉用牛経営開始であり、 当初2年間は朴氏との兼業経営であった。 その間に、 2頭増頭、 家畜人工授精師免許の取得等、 専業経営開始に備え、 平成5年度から水稲と繁殖肉用牛の複合経営に取り組んだ。

 3 熊野放牧場の概要

 放牧の経営事例として、 奥畑水田利用放牧場の熊野放牧場を紹介する。
 熊野さんは、 放牧のメリットを十分理解され、 放牧に良いと言われる技術は、 どんどん取り入れる姿勢で経営を行っている。

表1 熊野放牧場の経営概況
家  族 2人(労働力1人)
経営体系 水稲(3ha)+繁殖肉用牛(成雌牛16頭)
粗飼料確保面積 14ha  <内訳>放牧地  2ha(水田、山林原野;全借地)
        水 田  3ha(あぜ草)
        水田裏作 1ha(イタリアンライグラス)
        水田転作 1ha(ソルガム類)
        稲わら収集7ha
飼養頭数 26頭  <内訳>成雌牛16頭、育成牛2頭、子牛8頭

表2 施設
種 類 資材・構造 面積・数量 取得年次 備    考
繁殖舎
 〃
租飼料庫
牧  柵
木造・解放牛舎(連動スタンチョン)

木造
104u
230 
64 
605m
h3.3
5.3
5.3
3.3
水田放牧技術定着化モデル事業

連動スタンチョン
 1) 施   設
 開放牛舎での群飼で固体管理を可能にするために、 連動スタンチョンの導入を行っている。

表3 機械・器具・車両
種 類形式能力数量取得年月
トラクタ
ハンドモア
集草機
ロールベーラ
軽トラック
カッタ
バケット
22ps
自走式
 〃
牽引式
4WD
1台
1
1
1
1
1
1
s60.1
h7.4
4.10
4.10
7.4
3.
3.

 2) 飼養管理等
 個体間の競合や事故を防ぐために除角の実施、 草地植生の維持のために強放牧圧に耐えるノシバの導入、 放牧頭数対面積のバランスをとるために粗飼料の十分な確保、 放牧子牛のPRのため 「熊野放牧場」 の名称で市場出荷、 繁殖牛の早期発情回帰のための制限哺乳も、 子牛の強健性や粗飼料の食い込み向上のために自然哺乳に切り替えた。
 さらに、 早急な系統改善のために受精卵移植も行っている。

表4 飼養管理
項目内容
日常管理朝・夕2回(飼料給与・繁殖管理)
放牧管理 成雌牛;周年、昼夜放牧
育成牛;授精後放牧
子牛;4ヶ月まで母牛と放牧
草地管理 草高10pに維持(牛の採食行動による)
飼料給与 濃厚飼料;フスマ1.5kg/日・頭(分娩後2ヶ月0.5kg増)
粗飼料;(春)イタリアンライグラス生草、あぜ生草、稲ワラ
    (夏から秋)あぜ生草、ソルガム類生草、稲ワラ
    (冬)あぜ乾草、イタリアンライグラス乾草、稲ワラ
子牛育成 0〜4ヶ月齢;放牧、自由哺乳、別飼飼料自由採食
4ヶ月齢;離乳(子牛育成舎へ移動)
8〜9ヶ月齢;出荷

繁殖牛と子牛の放牧風景

良好な放牧管理

 熊野さんの経営では、 10a当たり労働時間が3時間と短く、 粗飼料給与と糞尿処理の省力化が図られ、 十分な粗飼料確保によって余裕を持った飼養管理と増頭が実現しており、 繁殖成績も平均種付け回数1.2回、 平均分娩間隔12.9ケ月と良好である。

 4 放牧のポイント、 利点、 問題点

 放牧管理のポイントは、 粗飼料給与と糞尿処理の省力化を第一条件に飼養すること。
 利点としては、 飼養管理労力が軽減し、 生産性が向上することにある。
 問題点としては、 繁殖牛や子牛等放牧中の個体管理が困難なことと、 放牧草地の草量低下による脱柵があげられるが、 現在まで事故等の発生はない。




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