山口県農業試験場 病害虫研究室長 角 田 佳 則  

 野菜やイネなどの作物に病害が発生することは誰でも知っている事実である。 ところが、 牧草や飼料作物も同様であることを知っている一般の人は案外少ないようである。 牧草は、 直接私たちの口に入るものではないから、 スーパーに並ぶこともなく、 一般の人には路傍の雑草と同じように思われているのであろう。 そもそも、 温帯湿潤気候の我が国では、 たとえ雑草であっても病気にかからない植物は無いと言ってもよい。 ましてや牧草や飼料作物の多くは、 ヨーロッパやアメリカなどの乾燥地帯が原産であり、 湿潤気候下では病気にかかりやすい特性を有していると考えられる。 本県の牧草や飼料作物において、 これまで発生を確認した病害の一部を表1に示したが、 これだけ見ても実に多くの病害が発生していることが理解していただけると思う。 また、 病原菌の種類も糸状菌 (カビ) から細菌、 ウイルスに至るまで、 多様である。

 被害については、 統計的に整理されたものは少ないが、 研究室の記録では、 ライグラス類では、 冠さび病や葉腐病は収穫皆無になるほどの被害を発生させる場合があり、 最近では早播きの作型で立枯性病害の発生が問題となっている。 トウモロコシでは、 ごま葉枯病や紋枯病、 条斑細菌病などの発生が古くから収量や品質を低下させる要因として問題となっており、 近年ではさらに南方さび病やウイルス病の発生が増加している。 その他の牧草類でも、 病害による被害が発生した例は数多い。 さらに、 湿害や生理障害として片付けられている被害も、 何らかの病害によるものが多いと考えられる。 このため、 これらの病害を克服することが、 安定生産の必要条件となってくる。

  表1.本県で発生が認められる牧草及び飼料作物の病害


イタリアンライグラス 冠さび病、いもち病、斑点病、網斑病、雲形病、葉腐病、
雪腐褐色小粒菌核病、白絹病、かさ枯病、モザイク病など
フェスク類 冠さび病など
シコクビエ いもち病、ごま葉枯病、紋枯病、褐条病など
ローズグラス 葉腐病、いもち病など
オーチャードグラス 葉腐病など
クローバ うどんこ病、葉腐病、白絹病、モザイク病など
トウモロコシ 紋枯病、南方さび病、ごま葉枯病、すす紋病、ひょう紋病、黒穂病、
褐条病、苗立枯病、条斑細菌病、モザイク病など
ソルガム類 紋枯病、紫斑点病、いもち病、すす紋病、縁枯病、褐条病など
エンバク 葉枯病、斑点病、冠さび病、黒穂病、葉鞘腐敗病、赤かび病、
かさ枯病、すじ枯細菌病など

 しかしながら、 牧草や飼料作物の病害の制御では、 他の作物とは異なる点がある。 というのも、 他の作物なら使用できる農薬が多くの場合使えないのである。 これは、 農薬のついた作物が餌として家畜の体内に取り込まれると、 わずかな量の農薬でも生物濃縮によって肉や牛乳などの生産物に多量に蓄積される危険性があるからである。 もちろん、 危険性としての話であって実際に被害が生じているという訳ではないが、 被害が発生しないことを実験的に確認するのが容易でないため、 食の安全性確保の観点から農薬登録が行なわれていないのである。 このため牧草や飼料作物の病害では、 農薬以外の手段によって制御を行う必要が生じてくる。 その方法には色々あるが、 以下に主たる3つの方法と試験研究の対応について、 私どもの仕事の内容も含め簡単に述べてみたい。

1. 抵抗性品種の利用:牧草や飼料作物に限らず、 病害防除の最も有効な手段の一つとして、 多くの作物で抵抗性の導入が図られている。 本県でも、 イタリアンライグラスの育種を行なっており、 これまでにいくつかの冠さび病抵抗性品種を作出し、 全国で栽培されている。 この方法は栽培者にとっては最もコストがかからず望ましい方法である。 ただし、 トウモロコシなどの一部の飼料作物を除き、 一般に集団選抜という手間のかかる手法を用いて育種しなければならないので、 抵抗性遺伝子を導入し品種として育てるには長い期間が必要である。 このため、 今後は短期間で行える抵抗性検定法の開発や、 抵抗性遺伝子を効率的に導入するためのバイテク手法の開発等を積極的に行っていく必要がある。

2. 耕種的防除:播種期や刈り取り時期の移動、 輪作による連作障害の回避、 窒素肥料の過多を避けるなどの肥倍管理は、 一般的に行われている技術であるが、 これらの技術を有効活用するためには、 病害の発生生態の研究が不可欠である。 図1はイタリアンライグラスいもち病の播種時期と発病の推移について調査した結果を示したものであるが、 本病は播種時期が遅ければ発病が少なくなり、 播種時の平均気温が20℃以下では発生しなかった。 このように、 病害の生態がわかれば、 播種時期を移動させて発病を回避することも容易になる。 イネなどの他作物では、 病害の発生と気象や施肥などの環境条件との関連性について多くの研究例があるが、 牧草の場合には十分に研究されていないものが多いので、 今後はさらに各種病害の発生生態の研究を推し進めていかなければならない。


図1.播種時期が異なる場合のイタリアンライグラスいもち病の発病推移

3. 生物防除:現状では発病の回避が中心で、 いわば消極的な対策しかない牧草病害の制御にとって、 この方法は唯一の積極的な手法と考えられる。 近年の生物防除に関する研究の進歩はめざましく、 他の作物では病原菌に拮抗作用を持つ微生物を用いて防除を行うことが可能になってきている。 本県でも過去には、 土壌生息性のトリコデルマ属菌による葉腐病や白絹病の防除、 冠さび病菌の寄生菌であるダールーカ属菌を用いた防除などの研究を行っているが、 残念ながら実用までには至っていない。 しかし、 今後さらに新しい知見や技術に基づいた研究開発が必要と考えられる。

 現在、 牧草や飼料作物の生産は国の農業基本法の中でも奨励されており、 今後は水田転作作物としての栽培も増加すると予想される。 また、 環境保全型農業の推進は最も重要な政策課題のひとつであり、 畜産・草地の分野でも人と自然に優しい技術の開発が望まれている。 このような状況の中で、 牧草や飼料作物を安定生産するための病害の制御は、 ますます重要な意味を持つと同時に、 より高い安全性が求められる。 試験研究を行うに当たっては、 これらのことを十分認識したうえで実用性の高い技術開発を行う必要があると考えている。 牧草病害の研究はどちらかと言えばマイナーな分野ではあるが、 この紙面を通じて少しでも重要性を理解していただき、 私どもが現地調査等に出かけた際などには暖かい目で見ていただければ幸いである。


戻る