牛の受精卵移植は、1971年にイギリスで行われ、開腹手術による受胎率が72〜73%の成績を得たことにより、牛の繁殖に利用しようとする気運が高まって、同年カナダで卵子移植会社が設立され、商業ベースで事業が開始された。
日本においても、国の機関で研究が進み、1983年には実用化段階に入ったことから家畜改良増殖法に受精卵移植が追加され、法的に整備された。
山口県は、1983年度に国の受精卵移植事業に取り組み、県畜産試験場で試験を開始した。 1989年度には、移植頭数 143頭、受胎率61.5%となり、全国50位以内にランクされ、実用化段階に入ったことから、県畜産試験場に受精卵供給センターと供卵牛40頭の整備を図り、実用化に向けた基地が完成した。
1990年度からは、受精卵移植を家畜保健衛生所の職員から民間獣医師・家畜人工授精師に移行し、現在に至っている。
1 各県の受精卵供給等の状況
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1) 肉用牛
1996年度現在では、47都道府県のうち岩手県、栃木県、富山県を除く44都道府県が県の施設で受精卵を生産し供給している。このうち18道県が有償化しており、平均販売価格は15,500円で、20,000円以上は7県となっている。
2) 乳用牛
1996年度現在では、47都道府県のうち23府県が県の施設で受精卵を生産し供給している。このうち16府県が有償化しており、平均販売価格は29,700円で、最高価格は千葉県の72,100円となっている。
3) 受胎率
1996年度の肉用牛、乳用牛を合わせた全国の受精卵移植頭数は40,742頭で、受胎率は新鮮卵52%、凍結卵47%になっている。
4) 受精卵移植の状況
1996年度の肉用牛、乳用牛における人工授精頭数は肉用牛68万頭、乳用牛154万頭、合計222万頭であり、受精卵移植の比率は1.8%を占めるにすぎない。今後、初回受胎率の向上、雌雄判別卵等の新技術が実用化されれば、著しい普及が見込まれる。
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山口県の年度別移植頭数と受胎率
| 83 | 89 | 90 | 94 | 95 | 96 |
移 植 頭 数 | 13 | 143 | 222 | 492 | 545 | 552 |
受 胎 率 (%) | 31 | 62 | 51 | 46 | 44 | 49 |
2 受精卵移植のメリット
基本的には、高能力牛の受精卵を低能力牛に移植し、高能力牛の産子を多数生産することで、従来の人工授精と違い雌雄同時に改良できることがメリットとなる。
特に乳用牛においては改良が進み、高能力牛イコール繁殖障害牛のイメージが強いが、低能力牛で繁殖能力の高い雌牛に高能力牛の受精卵を移植することにより、高能力牛群の整備が可能となった。
また、雌牛の一生の産子数は限られているが、1回の受精卵採取で平均2.5卵が採取出来れば、2倍、3倍の子孫を残すことができる。
クローン技術が実用化されれば、さらに数倍、数十倍の子孫を残すことも可能となる。
3 受精卵移植の経営別活用タイプ
国が受精卵移植を有効に活用した事例を取りまとめたのが次表である。
酪農、肉用牛経営に区分して整理してあるが、改良と増殖、経営転換の一手法として活用され、経営改善の戦略として上手く利用されている。
受精卵移植の経営別活用タイプ
経営別タイプ | 活 用 方 法 |
酪 農 経 営 | 乳用牛改良型 | 県、団体等の効能力供卵牛の受精卵供給による地域乳用牛の改良促進。 または自己所有の効能力牛利用による自己牛群の改良。 |
乳肉複合型 | 後継牛の不要な乳用牛を借腹として付加価値の高い肉専用種子牛を生産。 |
品種転換型 | 乳用牛へ肉用牛受精卵を移植し、計画的に肉用牛経営に移行。 |
繁殖促進型 | 受精適期を見逃した場合における受精卵移植による繁殖の促進。 |
肉 用 牛 経 営 | 肉用牛改良型 | 県、団体等の産肉能力の優れた供卵牛の受精卵供給による地域肉用牛群の改良促進。 |
繁殖経営拡大型 | 自己所有の産肉能力の優れた供卵牛から採卵、酪農家の低能力牛利用による自己牛群の改良、拡大。 |
異品種利用型 | 泌乳量、体格等に優れた受卵牛(交雑種類)に和牛受精卵を移植し双子等を生産し、繁殖肥育一貫経営。 |
品種転換型 | 異品種を受精牛として、黒毛和種の受精卵移植による計画的な品種転換。 |
肥育素牛確保型 | 肥育農家が供卵牛を所有、酪農家との借腹契約による肥育素牛の確保。 |
4 新技術の動向
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1) 性判別技術
受精卵の細胞の一部を検査し、雄・雌の確認を行う技術である。
後継牛として、優秀な雌牛を必要とする酪農経営、肉用牛生産で雄・雌のいずれかを必要とする経営では大きなメリットとなる技術である。
現在、フィールド試験を実施している段階であり、近い将来には実用化できる見通しがある。
2) 核移植
新聞報道でも話題になったのが、コピー牛の生産技術である。
受精卵の16〜32細胞期に核を取り出し、と場等で採卵した卵の核と入れ替える技術である。
現在、試験段階であるが、低受胎率、過大児の娩出等の課題を抱えており、今後の技術向上が望まれる。 |
5 県受精卵の有償化
1983年度に受精卵移植事業に取り組んでから15年を経過しようとしている。この間、採卵技術、移植技術も進歩し、関係者の協力による普及・推進も一定の成果が出た。このため、国の方針等もあり1998年4月1日から有償化とするための事務を進めている。
現在、県畜産試験場には、40頭の系統、育種化等から極めて優秀な雌牛を供卵牛として整備しており、農家の皆さんの要望に充分応えられるものと思っている。
交配種雄牛については、緊急導入牛等県有牛を主体に交配しているが、1996年度以降からは家畜改良事業団精液等も一部活用して魅力ある受精卵の生産に努力しているところである。
有償化となれば、需要に見合う受精卵の生産は避けて通れず、家畜改良事業団等精液の活用は、今後とも継続していく必要があることから、農家の皆さんにも精液代の一部を負担してもらうことも避けられない状況にある。今後とも、厳しい状況にあるが、交配種雄牛の整備を図り、農家の皆さんの期待にそえるよう頑張る所存なので、関係者の皆さんの一層の協力をお願いしたい。
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