乳牛と騒音ストレス(ある酪農経営の事例から)

小田良助

 乳牛と騒音ストレス。 このテーマは都市近郊酪農において、 今日避けて通れぬ問題となった。 私は某所からの依頼を受けて現地調査を行った。 対象酪農家は常時成牛30頭、 育成牛10頭が飼育され、 経営主と妻との経営であった。 飼育園は郊外に2.5haあって青刈りトウモロコシが栽培される他は、 殆どが購入飼料であった。 産乳量は、 各牛ともに1産乳期 (305日換算) 8,000〜14,000kgを生産し、 乳脂率も高く、 県内では優秀酪農家に属していた。

 牛舎から道路を挟んで、 防府佐波川に比適する河川が流れていて、 平成5年から河川護岸工事が開始され、 上流から両岸共に工事が施工された。 牧場に工事騒音が強く曝露されるようになったのは平成6年7月から平成8年3月まで続いた。 工事は朝8時から深夜まで続いた。 工事機器、 土木工事に使用されている大型ブレーカ、 バックホウ、 ダンプなど数種が同時稼働した。 曝露騒音は、 牛舎外壁部で常時99〜124デシベル (DB) が記録され、 相当な騒音量であった。 搾乳牛は何れも神経質となり、 常時不安相を呈した。 1日搾乳量は平時の20〜30%減を示した。 牛群検定産乳成績から調査すると、 何れの牛も最高乳量は、 平時と大差なく38〜45kg、 中には52kgを産乳するものもあったが、 その後の泌乳曲線は楕円形ではなく急下降線をとり低下している。 搾乳5〜6カ月目では1日泌乳量25〜15kgを呈し乾乳に入っている。 乾乳期は3〜4月も続き2産または3産の分娩が行われるという状態であった。 乳房炎が発生したものが数頭あって廃用となった。

 分娩後の発情は、 やゝ微弱ながら出現したが、 多くが、 2〜3回、 中には4回目の種付けで受胎するか、 不受胎であった。 数例であったが和牛の受精卵移植を試みたが何れも流産となった。 恐らく着床不能によるものであろう。



 都市開発に伴い、 高速道路工事、 住宅工事、 公共施設工事などによって都市近郊酪農経営は騒音の影響が年々高まり従来のような経営はむつかしくなった。 この為には先ずストレスに強い牛造りが必要である。 一泌乳期に14,000kgという牛はストレスが多く高泌乳量を維持する酪農経営は非常に注意が必要である。一般に提唱されている8,000kg以上、産次も2〜3産でなく3〜4産以上を目標とすべきであろう。最近では北海道から、はらみ牛を購入して1〜2腹とってポイという経営が多いと聞くが、経営診断をした場合儲かっているだろうかと疑問に思う。

 私は若い頃、北海道宇都宮牧場に夏期実習に行ったことがあるが、時の場長は北海道酪農の父と言われた牛作りの名人、宇都宮仙太郎氏であった。朝のきつい作業が終わると場長の短い講話があった。「牛は作るものだ」が彼の信条であった。宇都宮牧場の牛は共進会で優秀賞か一等賞に選ばれた。今後私たちは効率的経営の為、牛にストレスを強いる傾向となるが、この環境をのりこえる為に先達の教えにある土づくり、草づくり、牛づくりを守りたい。
(山口大学 名誉教授)


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