今後の畜産経営の展開方向について

鶴見 須賀男

はじめに

 農畜産物の輸入自由化に対処するため、 経営の体質強化をはかり、 コストダウンによる農業の国際競争力を高めることの必要性が叫ばれて以来、 既に相当の期間が経過している。 この間の畜産分野での主な自由化の動きをみると、 豚肉は昭和46年に、 牛肉は平成3年に輸入が自由化され、 また平成5年のウルグアイラウンドの農業合意のなかで、 多くの分野での例外なき関税化のもと、 乳製品も平成7年より関税割当て制度に移行している。

 これらの自由化、 国際化のわが国の畜産経営に与えた影響は詳しく述べる迄もないところである。 ある経済学者が 「日本の工業はその強さのゆえに、 日本の農業はその弱さのゆえに、 国内産業の空洞化を招いている」 といわれているが、 畜産経営の体質強化をはかり、 その弱さを克服して経営の安定を目指すことが今最も強く求められている。

 経営の体質強化をはかるためには、 それぞれの地域の畜産の立地条件、 経営の種類、 個々の経営実態、 さらには経営主の人生観を含めた経営方針等々に応じて様々の方策が考えられるが、 負債額の多い畜産経営においては、 固定化負債 (約束の返済期日が到来しても返済困難な負債) の解消または減少対策が大きなウエイトを占めることとなる。

 筆者は、 これら固定化負債を抱えている畜産経営に対する長期・低利の畜産特別資金の融通に関わる指導業務に、 北海道農協中央会 (平成元年8月まで)、 社団法人中央畜産会 (平成8年3月まで) を通して15年以上専任で携わってきた経験をもとに、 表題のテーマについて所感を述べる。



1 国際化についての認識とその対応

 始めに国際化時代の畜産経営をどのように考えたらよいのかである。 筆者の30数年に及ぶ北海道の農業団体での業務は、 全て畜産経営に関わる内容のものであったが、 この体験から言えることは、 「わが国の酪農・畜産経営は、 その経営基盤となる家畜の大部分が、 もともと欧米諸国から種畜として輸入され、 国内で増殖、 発展した農業である」 という認識が最初に必要だということである。 このような輸入農業は、 輸入先の欧米諸国の経営並びに生産システムと比較・対比されやすい宿命を持っており、 生産された畜産物の品質・価格も同様に比較、 対比されやすいのである。

 端的に言えば、 農業 (畜産) の国際化とは、 農畜産物価格の国際価格への接近ということであり、 また現実にそのような推移をたどっている。

 数百年、 またはそれ以上の歴史を有し、 これらの歴史を背景に蓄積された自己資本、 経営のノウハウ、 更には自らからの生産した畜産物を 「主食」 とする欧米の畜産経営と、 大多数が数十年の歴史を有するに過ぎない我が国の畜産経営とが比較されることの厳しさはあるものの、 輸入国の経営並びに生産体制をしっかりと見極め、 これらに劣らない経営を確立する強い意志を持つことが、 今最も求められているのである。 この劣らない経営とは、 経営規模の大小などを云うのでなく、 それぞれの地域に最も適した経営展開ビジョンの確立であり、 また個々の経営でみるとその経営管理能力に適した規模での経営展開等々であると考える。

 これらの取組みに際しては、 従来の単なる経験の延長線上の考え方に基づく取組みではその実現はおぼつかなく、 徹底した意識改革が何よりも重要となってくる。 参考に筆者がこれ迄に数多く接してきた、 負債を減少して経営を安定させた事例の大部分は、 始めに意識改革があって成果が上がったと言って過言ではなく、 これを概念図にまとめたのが次の図である。




2 畜産経営と負債問題

 今後の畜産経営の展開を考える場合、 経営の阻止要因として課題となっている負債問題についての認識が重要であり、 これまでの取組みを振り返り再発防止の視点から筆者の考え方を述べる。

 畜産経営は、 土地、 畜舎、 施設、 機械等の固定資本投資に加え、 経営の維持・拡大のための素畜費・資料費等に多額の運転資金を必要とするところにその特性がある。 このため畜産経営者には、 家畜の飼養管理技術に加え、 経営・財務管理技術の習熟など高い経営者能力が必要とされるのである。

 ところが第2次世界対戦後、 欧米型の食生活の普及に伴い、 我が国の畜産生産基盤は急激に拡大され、 自己資金の蓄積不十分なまま、 技術的にも未熟な状態で規模拡大を行った経営のなかに負債問題で苦しむ経営が見られるようになり、 オイルショックなどの大きな経済変動が生じた時点では顕著に現れた。

 筆者が畜産経営の負債対策に専任で取組んだのも第2次オイルショック後の昭和56年からである。

 以降、 昭和60年代から平成年代始め迄は、 畜産経営をめぐる環境は比較的安定的に推移した。 しかし記述の牛肉自由化実施以降の影響、 バブル経済崩壊後の経済不況等による畜産物需要の変動、 ウルグアイラウンドの決着、 更には、 昨年度の病原性大腸菌O−157問題、 年度後半にはやや鎮静化して世界的な飼料穀物価格の高騰、 為替レートの変動等々、 畜産経営をめぐる環境はここ数年めまぐるしく変化しており、 負債対策への取組みも今日的視点に立った取組みが必要となっている。

 負債対策の取組みについての時系列変化についてみると、 昭和50年代は経営の外的要因となる畜産物価格水準が国内的要因の範囲内で比較的安定的に推移し、 経営の内的要因の改善努力・指導 (支出全般の無駄の抑制等) に努めることで一定の成果 (負債の減少) を上げることができたのである。 筆者は負債対策に取り組んだ当初 (現在も基本的には変わらない) から、 「金を掛けないで、 家畜に手を掛けよう」 というスローガンのもとで再建対策に努めたものである。

 しかし国際化時代を迎えた現在、 経営の外的要因はそのほとんどが国際的要因のもとに動き、 その要因の多くは国内畜産物価格の低下問題に結びつき、 価格の低下は即所得の減少、 即、 償還財源の減少となって、 負債の多額な経営の負債返済は、 益々厳しい環境に置かれ始めている。

 このように近年課題となっている償還財源の減少を、 負債残高との関連式にして示すと次のとおりとなる。

    総負債残高 /年度当たりの償還財源 =  償還年数

 この関連式でもわかるように、 負債償還に必要とする年数は、

 @ 償還財源が多いときには短縮化。

 A 償還財源が少ないときは長期化。

することである。 換言すると、 負債 (特に固定化負債) 対策は、 環境の良い時 (米作で云えば豊作年、 畜産で云えば価格が好調な年) に取り組むべき対策で、 環境の悪い時 (米作では不作年、 畜産では価格が低下の年) には対策効果が現われる迄に、 多くの努力と息の長い取組みが求められるのである。



3 負債に対する認識

 負債に対する理解を深めるため、 負債一般について整理して述べる。

@ 畜産経営の負債内容は、

 ア.証書借入れによる資金、 イ.飼料・資財等代金の未払い金、 ウ.素畜代等の畜産未払い金または預託家畜勘定残高未精算金

 と大きく3分類され、 耕種農業経営と異なるのは、 負債合計額に占めるイ、 ウの割合 (運転資金の割合) が高いことである。 肉畜経営は特にその傾向が強く表れている。

 畜産経営は以上のように資金融通のパイプが多いところに特徴があることから、 この資金の流れの全てを把握することが、 固定化負債発生阻止の大きな要因となる。 この資金融通ルートの一本化を図に示すと次のとおりとなる。



 上図は資金全般の流れについて示したものであるが、 肉畜経営では運転資金 (飼料代・素畜代等) の占めるウエイトが高く、 かつ頻繁に取引が発生することから、 これを正確に管理することが極めて重要になる。 運転資金を毎月適格に管理するための管理表の例を示したのが次の表である。


(参考)運転資金管理表の例
月別 運 転 資 金 棚  卸  額 差 引
   
(B−A)
素畜代
   
未払金
購買未
払 金
(飼料等)
預託家
畜勘定
残 高
平均払
   
仮払額
 計 
   
(A)
平均払
   
留保額
家 畜
   
棚卸額
飼 料
   
棚卸額
 計 
   
(B)
 1月
   
 2月
   
 〜 
   
12月
           
 計             
(注)素畜代、資料代が営農勘定(畜産口座)等の場合もある。


 この管理には、 毎月の家畜の棚卸しが必要となるのは当然のことである。

A 負債はさまざまな目的をもって借入れられているが、 内容を整理して大きく分類すると、 「前向き負債」 と 「後向き負債」 に二分類される。 「前向き負債」 とは "所得を産む負債" として位置づけられ、 これらには農地取得、 施設整備等の資金と素畜等購入のための運転資金があり、 これら資金の活用によって生産活動が営まれ、 一定の所得が確保される。 一方、 後ろ向きの負債とは、 "所得に食い込む負債" として位置づけられ、 これらには返済困難なため借り換えられた資金、 棚卸し評価額を上回る運転資金、 生活・消費関連資金等があり、 前記の前向き資金で確保された所得で償還しなければならないものである。 後向きの負債の割合が高くなる程、 経営は不安定になるのである。

B 負債には必ず利息が発生し、 負債残高がある限りこの利息は毎日発生している。 もしこの利息が払えない場合はこれが元金化し、 利息が利息を呼ぶ悪循環となる。 この悪循環を断ちきるため、 利息だけは何としても支払える経営にすることが、 経営継続の第一歩と云えるのである。

 幸い畜産経営は、 酪農経営で見られるように、 毎日乳代という収入があり、 飼料代という毎日の支出 (肉畜経営も同様) があることから、 毎日の収支改善 (負債償還財源の確保) が可能という有利な条件を有している。 しかしこの条件は、 経営・飼養管理に手抜きがある場合には全く逆に作用し、 経営収支は毎日悪化を続けることとなり、 一年間でみるとこの両者の差は極めて大きくなる。 畜産経営の経営間較差が大きくなるのもこのような背景によるものである。

 このように負債問題の恐ろしさは、 "利息の恐ろしさ" とも云えるが、 これを表1の実績例でみると具体的に理解できる。 酪農経営でみると、 畜特資金借受者 (平均) の償還財源に占める償還利息の割合は50%を越え、 一方先進的 (優良) 経営は10%以下とその差は大きい。 この利息差は (36千円−11千円=25千円) を、 経産牛1頭当たりの乳量の向上 (生産技術の向上) で補うとすると何kgとなるか。 今仮に所得率30%とすると (25千円÷0,3=83千円) で83千円の販売乳代の増加が必要となり、 1kg95円の乳価とすると、 (83千円÷95円=874kg) で874kgの乳量増を必要とする。 酪農経営にとって、 1頭当たり乳量約900kgの向上は極めて大きな努力であるが、 これが全て利息償還に充てられるとなると、 生産性向上の意欲は失われていくことになる。 以上は利息差を生産技術水準に置き換えてみたものであるが、 これを飼養規模に置き換えてみることもできる。 この場合は両経営の償還利息総額の差 (約770千円) を、 1頭当たり償還財源で除 (770千円÷71千円≒10頭) してみると約10頭となり、 利息差を補うために更に10頭の増頭が必要となる。

表−1 先進的経営と畜特資金借受者経営の比較
種類 区分 項   目   畜特農家平均 畜特農家上位  先進経営 











経産牛飼養頭数
経産牛1頭当り乳量
   〃   酪農部門収支
   〃   借入金残高
   〃   要償還額

kg
千円
千円
千円
33.3
6,445
164
911
101
44.2
6,697
180
933
96
39.3
7,841
265
277
37



経産牛1頭当り償還財源
   〃   償還利息
   〃   償還元金
千円
千円
千円
71
36.4
65
91
39
58
128
11
36
償還利息/償還財源 51 43 9








肥育牛飼養頭数
肥育牛出荷価格(生体10kg当り)
肥育牛1頭当り肉用牛部門収支
   〃   借入金残高
   〃   要償還額


千円
千円
千円
88.6
10,788
22
432
57
94.4
10,988
63
426
44
91.1
13,120
95
254
38



肥育牛1頭当り償還財源
   〃   償還利息
   〃   償還元金
千円
千円
千円
-3
18
39
27
18
26
63
12
26
償還利息/償還財源 67 19
(H5.1〜12)  (同 左)  (H5.4〜H6.3)


C 最後に新たな負債の増加 (追加投資) であるが、 過去負債過多で苦しんで来た経営のなかには、 自己資金の準備不足のまま取り組んだ例が往々にして見受けられたので、 2割以上の自己資金のない場合は、 追加投資は厳につつしむべきと考えている。 筆者はこれまで、 業務推進のよりどころの一つとして、 江戸時代末期の疲弊した農村の再建に貢献した二宮尊徳の語録を機会あるごとに紹介しているが、 自己資金の必要性について例を示す。 傍線の部分がそれを表しており、 いつの時代にも変わらぬ原則であると考えている。


 二宮尊徳語録から

貧富の隔たりは心得一つ

 翁のことばに、富と貧とは元来遠く隔たったものではない。ほんの少しの隔たりであって、その本源はただ一つの心得にあるのだ。貧者は昨日のために今日勤め、昨年のために今年勤める。それゆえ終身苦しんでもそのかいがない。富者は明日のために今日勤め、来年のために今年勤めるから、安楽自在で、することなすことみな成就する。それを世間の人は、今日飲む酒がないときは借りて飲む。今日食う米がなければ又借りて食う。これが貧窮に陥る原因なのだ。今日たきぎを採って明朝飯をたき、今夜なわをなって明日垣根をぬえば、安心でもあり、さしつかえない。ところが貧者のしかたは、明日採るたきぎで今夕の飯をたこうとし、明晩なうなわで今日垣根をゆおうとするようなものだ。だから苦しんでも成功しない。そこで私はいつも言っているのだが、貧乏人が草を刈ろうとして鎌がない場合は、これを隣から借りて草を刈るのが常のことだが、それが貧窮から抜け出られぬ根本の原因なのだ。鎌がなければまず日傭取りをするがよい。その賃銭で鎌を買い求めて、それから草を刈るがよい。この道は開びゃく元始の大道に基くものだからして、卑怯卑劣の気持ちはない。神代のむかし、豊葦原に天降られた時の、神の御心なのだ。だからして、この心ある者は富貴を得るし、この心のない者は高貴が得られない。



4 今後の畜産経営の展開方法

 負債問題の再発防止の視点から今後の畜産経営の展開方向について考えていることを述べる。

 (1) リース農場(畜舎)方式について

 近年畜産農家が減少し、 家畜堆厩肥利用による有機農業の展開をはかることが困難な地域も生じている。 このため新たな畜産経営の育成、 または残存経営の規模拡大を計画しても、 必要とする多額な資金に対する信用力が確保できないため、 計画が頓挫している例が往々にしてある。 このような事態に対し、 北海道のS農協では、 昭和45年から農地、 畜舎、 施設・機械、 住宅など固定資本投資部分は全て農協が整備し、 リース農場として新規、 または規模拡大者にリース (生涯リース) する方式で取組み、 20数農場がリースされ、 地域複合による地力維持対策も含めた畜産展開を行っている。 近年、 道府県においても、 畜舎等を農協、 または市町村等が建設してリースする方式も見受けられるようになっている。 このようなリース事業方式は、 個別畜産経営の固定投資リスクを、 農協または地域が共有することでもあり、 地域一体となった畜産振興方式として今後共益々重要となると考える。

 (2) 経営規模について

 一般的に云えることであるが、 負債が多い場合、 負債を返済するために収入を拡大しなければならないという意識が先行し、 多頭数飼育へと規模拡大が行われ、 経営管理能力とのバランスがとれなくなり、 かえって負債を累増させている例が往々にしてみられる。 家族労働力を基幹とする経営では、 この規模拡大と労働の量がアンバランスとなって、 健康を害し、 経営不振となった例が多い。 これを判り易く図式化すると次のとおりである。


 この図でも訳るように、 人間の生理的な体力のピークは30歳位であり、 このピーク時の体力で規模を設定すると、 次世代の参加までの体力の谷間に、 過重労働、 過剰投資が生じ、 特に経営主夫婦が健康を害すると、 概ね経営不振になる。 従って経営規模は、 体力ピーク時の80%規模にとどめ、 余裕をもった経営管理できるようにすることが大切である。

おわりに

 国際化の進展は、 今後共更に進んでいくと予想されるが、 最近農業の国際化の動向に対し、 警鐘を鳴らす現象がマスコミ報道を賑わしている。 畜産分野でみるとイギリスの狂牛病問題に絡んでの輸入畜産物に対する安全性議論や、 飼料穀物の国際需要のひっ迫で安易に輸入に依存することの恐ろしさ等から、 素性のはっきりした国内畜産物に対する見なおし等様々である。 国際化に伴う輸入圧力に屈することなく、 経営者、 更には地域の知恵と努力でこれを克服したものが最後の勝利者となる時代であるとの理解のもと、 経営並びに生産管理の基本原則の励行によって経営の体質強化を図られんことを期待しているものである。

(中央畜産会 非常勤畜産コンサルタント)


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